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-209- 第15章 崩壊 (5) |
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ドアがノックされた。病み上がりのむんに代わり、萠黄がドアスコープを覗くと、伊里江の上半身が映った。 「……重要なお話があります」 招じ入れられた伊里江は、立ったまま前置きもなく萠黄に問いかけた。 「……疑問に思いませんでしたか?」 「何を?」 「……真崎の言ったことですよ」 「?」 伊里江は珍しく苛立った表情を浮かべた。 「……兄のアジトを発見したという部分ですよ。連中が手に入れた情報は、兄のスナップ写真と『大津』ということだけです。たった数日でどうやって発見できたのでしょう? 大津市は縦に長く広いのですよ。北は近江舞子の辺りから南は信楽のそばまで。しかも兄が写真と同じ格好で外を歩いていたとも思えません」 「罠やったんでしょう? ホンマにプラプラ歩いてたんかもよ」 伊里江は言葉に詰まった。どうやら想定外だったようだ。 「……それはそれとしてですね。私は真崎たちがあやふやな手掛かりだけで出動したとは思えなかったのですよ。だから私は直接、質問をぶつけてみました」 「まさか迷彩服に?」 「いえ、彼らに訊ねても無視されるでしょう。質問した相手はエネ研スタッフです」 ああと萠黄は理解した。夕方のパーティーでスタッフ相手に、食い下がるように話し込んでいた伊里江の姿を思い出したのだ。 「……ストレートに訊かず、さりげなく遠回しにカマをかけてみました。知ってるんですよ、という感じで」 伊里江にしては上出来である。真崎にしてやられた経験を生かしたのか。 「……スタッフのひとりがここだけの話だと打ち明けてくれました。それはリアル探知機なのだと」 「探知機?」 「……ええ、驚きです、そんなものがあったとは。 原理はいたって簡単です。リアルの身体は細胞レベルまで裏返しなので、ある周波数の電波を受けると干渉を起こすのだそうです。これを利用してラジオを流すように電波を流し、磁場の乱れを探せば、リアルの居場所がつきとめられるという寸法です」 「じゃあ、お兄さんがここに近づいても、探知機に見つかってしまうんやね」 「……ところがそう簡単にはいかないから厄介です。干渉で起きる磁場の乱れは非常に小さく、よほど接近してくれないとダメだとか。スタッフが言うには、真崎たちはおそらく探知機を搭載した車を走らせ、大津市全体にローラー作戦を展開したのではないかと」 途方もないスケールだ。萠黄は嘆息した。あんな広いエリアを駆け回ったとは。真崎の執念が見えるようだ。 「……我々が地下に押し込められた理由のひとつは探知機のせいで、表を出歩いていると我々が干渉を引き起こし、兄の接近がつかめないのだそうです」 萠黄は伊里江に椅子を勧めた。こうなると立ち話では済まない。 「エリーさんのお兄さんはどうするつもりなんやろ。高い塀に囲まれて、たくさんの警備員がいてて、しかも狙うリアルはこんな地下深くに幽閉されてる」 「……想像もつきません。兄には仲間も後ろ盾もいないでしょうし」 伊里江はぶつぶつと独り言をつぶやきながら自分の部屋に帰っていった。 「こわいね」 萠黄とむんは顔を見合わせた。 午後九時。 清香は雛田の部屋でソファに腰かけていた。清香が眠れそうにないと言うので、お茶でも飲もうと雛田が声をかけたのだ。 雛田はテレビをつけた。テレビはニュースばかり放送していた。今やまともに機能している放送局はNHKぐらいで、世界の至るところで発生するヴァーチャル関連の事件を刻々と報道していた。キャスターが述べたところによると、今日までで世界の総人口の三分の一が砂になったようだと伝えていた。 「おじさまは、これからどうするの?」 「僕かい? ……いや何も考えてない」 「お父さんの会社を継ぐんでしょ?」 「経営の才能なんてからっきしないからなあ。それにしばらくは芸能人もお呼びじゃないだろうし」 雛田はテレビに目をやった。大雨による土砂崩れの現場が映っている。数軒の家が飲み込まれたという。おそらく助けに来る者はいないだろう。砂の中から服を着た砂が出てくるだけだから。 「おじさま、何かわたしに話したいことがあるんじゃない?」 雛田はたちまち呼吸困難に陥った。つとめて平静さを装い、コップの水を飲んだものの、不自然さは覆いようもない。 「もしかして、お父さんのこと?」 ブフォッと水を吹く。まるでコメディアンの芸そのものだ。清香はわけの判らぬまま笑った。 しかしすぐしんみりした表情になると、 「やっぱりそうなのね……。お父さんは、他にもわたしのことを何か言ってたんでしょ?」 |
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