Jamais Vu
-208-

第15章
崩壊
(4)

「だしぬけに何だね、真崎ク──」
「黙れ!」
 真崎は一喝した。
「我々は命を張って使命を果たしているというのに、白衣の皆さんは、クーラーの効いた部屋で、酒を飲みながらパーティーですか。結構なご身分ですな」
 部屋は水を打ったように静まり返った。萠黄はむんの手を強く握った。
「まったくアンタらは、守りがいのある人たちだぜ」
 久保田が真崎の前に立った。
「何があった?」
 真崎は被っていた迷彩模様のキャップを脱ぐと、テーブルに力まかせに叩きつけた。
「やられたよ」
「?」
「奴は──伊里江真佐吉は確かに大津にいた。俺たちは奴のアジトを急襲することに成功した。……しかしそれがトラップだったとはな」
「トラップ──罠?」
 ざわめきが起きた。
 真崎は空いている椅子にドスンと腰かけ、
「そうだ。我々の動きは完全に読まれていた。アジトに突入するや──ドカンだ」
 真崎は両腕を開いてみせた。
「おかげで部隊二十名のうち、半数が即死、六名が重軽傷で一時間以内に砂になった」
 萠黄の肌は粟立った。
(もし、わたしが行ってたら──)
「取り逃がしたんだな?」 
 久保田は容赦なく詰め寄る。
「ああそうだ。偉そうな口を叩いておきながら、俺までこんなていたらくとはな」
「その顔の血は──」
「返り血だ。仲間のな」
 和久井助手が悲鳴を上げて倒れた。野宮と久保田が駆け寄った。
「真佐吉の奴は不敵にも伝言を残していった。聞かせてやろう」
 そう言うと、ポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出し、朗々と読み上げた。
「『リアルたちを集めてくれてありがとう。私のほうからお迎えにあがるとしよう』」
 ざわめきが、どよめきに変わった。
「迎えに来る?」
「真佐吉が京都に来るのか?」
「この大学に向かってるんだ!」
「そんな、たったひとりで何ができる!」
「リアルキラーズを手玉に取ったんだ。甘く見るな」
「早急に警備体制を見直すべきだ!」
「それより、一刻も早くリアルを送り返すのが先だ!」
 あらゆる声が錯綜し、部屋は混乱に陥った。
 真崎が腰の銃を抜き、天井を撃った。部屋はまた静かになった。
「──第一級の警戒態勢を敷く。以後、私の命令に従っていただく」
 真崎は鋭い目で居並ぶ顔を見渡すと、床に唾を吐き捨て、大会議室を後にした。
 部屋は再びざわめき出した。
 リアルたちが集まってきた。柊は扉を見つめながら、
「あれが噂に聞いていた真崎という男ですか。見るからに“戦士”ですね。彼らがやられたとなると油断はできません」
 ビッグジョーク齋藤がハーッとため息をついた。
「わしも真佐吉とかいう、ワケの判らんモンには捕まりとうないからな」
 リアルたちは一通りの状況説明を受けている。それでも〈ワケの判らない〉というのは正直な感想だろう。
『そんなに怖がらなくても、いいんじゃない?」
 炎が言った。全員が彼のサングラスを見た。
『だって、僕たちにはリアルパワーがあるんだから。ねえ、萠黄姉さん』
 名指しされた萠黄は困った。
「パワーといっても、使い方はよく判らへんし」
 すると柊が、
「いや、炎君は正しい。現に萠黄さんは徒手空拳で敵を撃退したのでしょう? きっと私たちも訓練すればできるのでしょうね。……などと言いつつ、自分の起こした地震さえ自覚なしですから、当てになりませんね」
 一同は笑った。
 その直後、部屋に迷彩服たちがバラバラと入ってきた。副長らしい男が口を開いた。
「これより指示に従って移動していただく。リアルのかたがたは、エネ研に向かってくれ」
「エネ研? わたしらは入ったらあかんのと違うの?」
 迷彩服の中にシュウがいた。彼は萠黄の言葉に応えた。
「あそこの地下以外に、安全な場所がないんですよ」

 萠黄はむんや久保田といっしょに、エネ研の地下十階に戻ってきた。他のリアルたちも連れ立って。
 厳戒態勢ということで、上のフロアに昇ることは禁止された。
「つまらんのお。こんなんやったらパワーの見せどころがあらへんやないか。なあハジメ」
 齋藤老人はぼやいたが、ハジメはフンと鼻を鳴らしただけだった。
 午後八時。各々はあてがわれた部屋に入った。
 萠黄はむんの部屋にいた。明日までいっしょに過ごすつもりだ。
 炎少年の部屋には母親も担ぎ込まれた。最後の夜を親子水入らずでという配慮である。
 雛田も「保護者だ」という言い分が聞き届けられ、同じ階に部屋をもらった。
 一同に訪れた夜は、とても長いものになった。


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