Jamais Vu
-203-

第14章
リアル集結 II
(13)

 大将は信太をともない、植栽に沿った暗がりをゆっくり移動していった。
 あたりに人影はない。
(リアルというご仁は、いったいどこに?)
 部下の信太は情報収集能力に長けた男だった。数日前、彼は詳細なキャンパスマップを入手すると、念入りに突入作戦を練ってきた。
 大将は信太に手渡された携帯をオンにした。画面に立体地図が立ち上がり、内蔵の方位磁石に合わせて、ミニチュアの建物群がグルッと回転した。
 彼らがいるのはキャンパス中央辺り、いくつかの実験棟にはさまれたグラウンドのど真ん中である。周囲には木々が立ち並び、四阿もある。昼間は憩いの場になるのだろう。水を吹き上げている噴水もあるので、多少の話し声はかき消される。
「閣下、怪しいのは丸い建物です」
 信太が指さすと、立体映像の建物の上に『エネルギー工学研究所』の文字が現れた。
「出入りの業者によると、ここが一番警戒厳重なんだそうですぜ」
「判った。そこへ行こう」
 大将は短く言い、足を踏み出そうとした時、
「誰だ!?」
 銃を構えた迷彩服が立ちはだかった。柊の部屋の前にいた見張り番の男である。急いで建物を出てきたところで、ばったりと遭遇してしまったのだ。
 大将は少しも臆せず、
「我が名は五十嵐寛壽郎である」
 名乗りを上げて、サーベルを振り上げた。
「て、抵抗するか? 撃つぞ!」
 迷彩服は銃を構えた。
 五十嵐は一歩前に出ると、スッと手を振り下ろした。すると迷彩服の銃が、スパッと前後に泣き別れた。
「ヒャッ」
 思いもかけず、サーベルの切れ味を見せつけられた迷彩服は肝をつぶし、ふたつになった銃を放り出した。それでもリアルキラーズの一員だけはある。すぐに腰のピストルに手を伸ばした。
 だが五十嵐の太刀捌きのほうが速かった。サーベルをひるがえすと、迷彩服の首筋をその峰で打ち据えた。
 信太は手を打って喜んだ。
「斬らなかったんですかい?」
「無益な殺生だ」
 五十嵐はすたすたとエネ研に向かう。
 信太はつぶやいた。
「虫も殺さない時があるかと思えば、血も涙もなく斬りまくることもある。どうにも理解を超えたお方だ」

「あっ、倒れた」
 萠黄の両目が、地面に崩れる迷彩服の姿を捉えていた。続いて、暗闇から出てきたふたつの人影に驚き、
「どうしよう。あの侵入者たち、エネ研のほうに行こうとしてる」
 心配な声を上げると、柊が前方を指さした。
「加勢が来たようです」

 見張り番の男は賢明だった。あらかじめ本部に異変ありとの連絡を入れておいたのだ。
 新たに現れた迷彩服のひとりが、空に向かって照明弾を打ち上げた。真昼のような光に照らされて、五十嵐と信太はつんのめるように足を止めた。周囲には隠れる場所はなかった。
「そこのふたり! 両手を挙げ、地面に膝をつけ!」
 迷彩服のひとりが言った。
「か、閣下ぁ〜。どうしましょう」
 五十嵐は無言で敵を睨んでいたが、やがて膝を折ると、迷彩服の言うとおりにした。信太もあたふたと彼に従った。
 迷彩服たちが構えたまま、ふたりに近づく。
「その刀も手から離せ。地面に下ろすんだ」
 五十嵐はまた言われたとおりにした。サーベルが地面に置かれる。
 またたく間に武装解除がおこなわれた。五十嵐の所持していたのはサーベルのみだったが、信太は全身これ武器の塊といった具合で、ピストル以外にも、ナイフ、手榴弾などが次々と出てきた。
「フザけた奴らだ。どこから入ってきやがった」
 迷彩服のひとりはそう言って信太の腹を蹴り上げた。
「信太ッ!」
 五十嵐は顔色を変え、信太に駆け寄ろうとした。
「動くな、爺さん」
 伸びてきた手が、五十嵐を羽交い締めにした。腕力では敵うべくもない。
「閣下ぁーーーっ!」
 信太が絶叫した。
 その声は五十嵐の耳に飛び込むと、彼の脳髄を異常なほど激しく揺さぶった。
(ひ──寛之)
 唐突に五十嵐は孫の名を思い出していた。先日、渋谷で愚連隊に襲われ、大怪我を負った、可愛い孫の名。寛之は今も病院のベッドで伏せっている。
 信太の歪んだ顔が寛之のそれに重なった。
〈カチッ〉
 スイッチが押されるような音がして、五十嵐の意識に急速に幕が下りてきた。
 そして抗いようのない力が彼を飲み込んでいった。


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