Jamais Vu
-202-

第14章
リアル集結 II
(12)

 太陽が山陰に沈んだ、ちょうどその時。
 京都工大の正門と通用門に多数の人影が忍び寄ってきた。
 逢魔が時。その暗がりに身をやつした彼らは、音もなく門に近づくと、いきなりそれぞれの持っていた火器を発砲し、大きな声で気勢を上げた。
 警備していた迷彩服たちは驚いたが、そこはさすがに戦闘のエキスパートである。長野防衛隊による奇襲の後だけに緊張感が残っており、きびきびとした動きですぐさま非常警戒態勢をとった。
 投光器が門の前を昼間のように明るくした。
 激しい銃撃戦が始まった。

 空の上にガス気球が浮かんでいる。ゴンドラに乗る男が手持ちマイクを取り上げた。
「キャンパス中央に到着しました。どうぞ」
《よし、やれ》
「了解」
 男はレバーをぐいと引き上げた。すると、ゴンドラの下に吊るされていた物体が、ゴンドラを離れて落下していった。
 大学を囲む壁には高圧電流が流されており、内側にも二重三重にフェンスが張られている。そして、キャンパスの外周には地雷やレーザーなどの阻止装置が多数敷設されていたが、鉛直方向、すなわち空は真空地帯だった。
 ましてや明かりが灯るか否かという微妙な時間帯。ガス気球の侵入に気づいた者はひとりもいなかった。
 ゴンドラを離れた丸い物体は、パラシュートもなく自由落下した。ところが着地するやボールのように二、三度弾み、噴水脇の植栽にひっかかってようやく地面の上に落ち着いた。
『閣下、到着したようです』
『うむ』
 物体の中で短い会話が交わされると、闇を切り裂くような光が走り、シューッと空気の漏れる音がして、物体は萎んでいった。
 中から現れたのは、閣下と呼ばれた軍服姿の老人と、やはり軍服を着た狐目の男だった。
「初めて乗ったが、これは一体何という乗り物だ?」
「さっきも話したじゃありませんか。……NASAが火星探査用に開発したバルーン付きの着陸船、そのコピーモデルです。ウチの親父に話したら、快く貸してくれましてね」
「貴様の父親はどんな人物なのか?」「それも話したじゃ……。えーっと関西最大の暴……某組織の、えー、リーダーを務めてます。父は無類の宇宙開発フェチなんですよ」
「よく判らんが、良い親父殿を持っているな」
「恐縮です、閣下」
 ふたりは周囲を見回した。銃撃の音が遠く聞こえる。
「閣下のために、仲間ががんばって引きつけています。おかげで誰にも気づかれず、侵入できましたぜ」
 老人は頷き、腰に手を当てると、玉の散るようなサーベルをスラリと抜き放った。
「私は運命にしたがい、リアルなる者に会わねばならん。行くぞ、信太(しのだ)。ついてこい」
「合点でさあ!」

『何ごとでしょう?』
 最も早く騒動に気づいたのは炎少年だった。高感度マイクのおかげで、聴覚は人の数倍あるという。
「通用門のほうかな」
 僧の柊拓巳は椅子を離れると、網戸を開いて外を見た。
 ここは柊の割り当てられた部屋で、萠黄、清香、炎、ビッグジョーク齋藤が親交を深めようと集まっていた。ハジメも無理矢理引っ張ってこられて、隅にいた。
「また長野のかな?」
 清香が身体をすくませる。
 不安そうに顔を寄せ合う中で、齋藤だけがニヤニヤしている。
 夕闇を縫って、迷彩服たちが走っていった。
(これ以上、ドキドキさせんといてほしいわ)
 窓から目を離そうとした瞬間、萠黄の耳たぶをヒュンという音が叩いた。
「どうしました?」
 柊の問いかけた。萠黄は暗い空を見上げた。
 ドサッ──ヒュッ──ドサッ。
『大きな物が落ちてきましたね』
 炎が言った。目を凝らしても見えないが、何かが降って来たことは確かなようだ。
「誰も気づいてへん」
 萠黄はドアに向かおうとしたが、それより早く柊がドアを開け、廊下に向かって叫んだ
「中庭に正体不明の物体が落ちてきました。大至急、調べてください!」
 鼻毛を抜いていた見張り番の迷彩服は、慌てて階段を駆け降りていった。
「フフフ、ここにおったら──」齋藤がハジメに流し目を送った。「退屈だけはせんようや」


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