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-201- 第14章 リアル集結 II (11) |
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陽が傾く前に、エネ研からニュースがふたつ、もたらされた。ひとつは拍手を持って迎えられ、ひとつは聞く者を仰天させた。 「喜んでください。転送装置の完成に足りなかった部品が、いよいよ明日到着します」 野宮は応接室に集めたリアルたちを前に、喜々として報告した。 「あんな副社長でも役に立つもんです。ゴリ押し魔人(副社長のことらしい)の働きかけの結果、明日ヘリが部品を運んできます。そうなれば、遅くとも深夜には転送装置への組み込みと実験ができますから、あなたがたの帰還はあさっての午前となるでしょう」 小さな歓声が起こった。元の世界に戻れることのうれしさと、反面、ふたつの世界をつなぐトンネルをくぐるという未知の体験への不安が入り混じった声だ。いや、彼らは一度そこを通っているはずなのだが。 「もうひとつ。これは萠黄クンと柊さんに関することなんだが」 そう前置きすると、野宮は壁のテレビ画面をオンにした。映し出されたのは、何重にも重なった折れ線グラフだった。 「皆さんには、検査を受けていただいた直後から、モニター用の腕輪を填めていただいてます。得られたデータはもちろん皆さんが帰還する際の、装置の微調整に反映されます。 さてこの図は、皆さんの中に蓄積されつつあるエネルギーの度合いを示しています」 「いっぱいになったら爆発するっちゅうヤツでんな?」 齋藤老人が訊ねる。 「そうです」 野宮は指し棒で重なった線の上をなぞった。 「ほとんどのかたは来られたばかりなので、大した変化はありません。しかしながら──」 指し棒が、グラフ線の群れから離れた線へと移動した。 「これは萠黄クンのエネルギーです。ご覧の通り、若干低い」 「どうして?」清香が問う。 「理由は後で述べます。エネルギーの蓄積が少ないこと。それはつまり、爆発までに残された時間に余裕があることを表します。萠黄さんの場合は二日です。 これは妙なことなのです。同じ日、同じ時にリアルとして転送された者は、蓄積エネルギーも同じでなければならないはずですから」 「先生サマよ。授業やないんやから、もっとやわらかーく言うてくれ」 齋藤老人が口を挟んだ。野宮はムッとしたが、言葉を続ける。 「萠黄さんのエネルギーは他のかたより少ない。ところが先ほど来られた柊さんのグラフはこれです」 指し棒が下がった。萠黄は気づかなかったが、X軸に接するようにもう一本の線があった。 「エネルギーは限りなくゼロに近い。おそらく何らかの形でエネルギーが放出されているに違いない」 「地震──」 萠黄がつぶやくと、リアルたちの目が彼女に集中した。 「そうだ。萠黄さん自身、移動する先々で二度ほど地震を経験している。柊さんがおられた津山でも何度か地震が起こってましたが、ご記憶ですかな?」 「え、ええ」柊は大きく目を見開いて頷いた。「私も行った先で何度か地面の揺れを感じました。──それは私のせいだとおっしゃるのですか?」 「そうなのです。あなたが起こしていたのです」 「まるでナマズになった気分だ」 野宮は頷くと、 「自覚のないのが残念ですが、リアルの皆さんには、転送される時までエネ研に近づかないようお願いしている理由がそこにあります。とはいえ、できればもう一回、地震を起こしていただきたい。今度はちゃんとデータとして記録・分析できますから」 暮れなずむキャンパスを、萠黄は柊の案内をしながら歩いていた。柊は萠黄の逃亡劇にひどく興味をそそられているようだった。 「空気まで操れるのですか。すごいですね。スーパーマン以上だ」 「わたし、怖いんです」 「………」 「後になって、すごく後悔してるんです。もし自分の能力が、誰かに怪我を負わせたらどないしようって。もう、ひとり、わたしのせいで亡くなった人もいますし」 サキの顔が脳裏をかすめる。そんな萠黄を見おろしながら柊は言った。 「萠黄さん、今はあれこれ考えるのはよしましょう。我々は望んでもいないのに、こんな常識外れの世界に、勝手に放り込まれてしまったのです。鏡の国のようなこの世界では、正気でいることさえ難しい。事情を知った今でも混乱しています。だから──」 柊は雲間から差す夕暮れの光に顔を浸した。 「悩むのは、元の世界に帰ってからにしませんか」 萠黄も黙って夕焼けを眺めた。向こうの世界でも今日は夕焼けが見えてるのだろうか、などと思いつつ。 「あとふたりでしたか」 不意に言われて、萠黄は目をしばたたかせた。 「あ、リアルの数ですね。そうです」 「どんなかたがたでしょうねえ」 「ひとりだけ候補がいます」 「ほう。どんな?」 「将軍と呼ばれるお爺ちゃん」 双眼鏡を覗いていた狐目の男は、コンと一声鳴くと、急いで老人のもとへ駆け戻って来た。 「閣下、目的地は完全に包囲されていますよ」 「なんたること。我々の到着が遅れたせいか!」 「まるで虫みたいな段だら模様の連中が、各々武器を持って待ち構えています、コンコン」 「何じゃ? 狐でもいるのか?」 「これは私の咳です。風邪をひきまして」 「まぎらわしい奴だ」 「どう致しましょう?」 「薬でも飲んでおけ」 「そうではなく、目的地のことで」 「決まっておる。突撃あるのみ」 狐目の男はポンと膝を叩いた。 「そうこなくっちゃ! いえ、了解しました。すでに準備は整っております。ひと暴れしましょ!」 |
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