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-200- 第14章 リアル集結 II (10) |
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検査の結果、齋藤とハジメのふたりは、リアルであることが正式に認定された。 「それはええことなんか、悪いことなんか?」 なんと齋藤老人は、笹倉長官の記者会見を見ていなかった上に、そんな騒ぎがあったことも知らずにいた。 「お孫さんもご存知なかったのですか? えーっと、齋藤ハジメさん」 「いや──知ってた。街のネットテレビで見て」 野宮助教授は、やれやれと嘆息した。 「この二〇一四年に、まだネット社会と無縁の人間がいるんですなあ」 「カチーン」 「ん?」 「あのな、先生」齋藤は腰に手を当てて、野宮の前に出た。「わしは彫刻家や。鑿と槌とええ木があればそれでええんや。ネットなんか必要あるかい。そんなもんの前に座って動かへんから、腹も出るんや」 今度は野宮が聞き捨てならないという顔をした。大きな腹を揺すりながら。 「芸術家おーいに結構。ですが、あなたの命にかかわることなんですよ。あの記者会見のせいで、日本中至るところで魔女狩りもどきのリンチや騒ぎが横行しとるんです。万一、あなたの身に──」 「あいにくやな。人里離れた山の中で暮らすわしには無縁の話や。むやみに栄養価の高い食い物ともな」 萠黄は端で見ていておかしくてしょうがなかった。 野宮は自分がからかわれていることに気づいていない。 ビッグジョーク齋藤。彫刻家。名前だけは聞いたことがあったが、姿を目にするのは初めてだ。 身長はハジメより五センチほど小さい。広い肩幅に太い手足。八十歳の身体は見るからに頑健で、腰はいささかも曲がっていない。髪の毛はほとんどないが、光る頭が血色の良さを表している。着衣は藍染めの作務衣で、足は草履履き。顔立ちは福々しく、全体の印象はまさに好々爺≠セった。 野宮はどうにか怒りを抑えると、 「和久井クン! この人たちにリアルのなんたるかを教えてあげなさい」 すると電話を受けていた和久井助手が、 「先生、しばしお待ちください。正門前からの連絡で、たったいま、もうおひとり、リアルだというかたが来られたそうです。今こちらに向かっているとのことです」 「あァそうですか! まったく今日はリアル大豊作の日ですな!」 やがてもうひとりのリアルは、野宮の真っ赤な顔から血が引く間もなく、入口に現れた。 ふいに講堂の中が明るくなったような気がした。その人物は光とともにやってきた。 「お邪魔いたします! 柊拓巳と申します!」 男は大きな声で名乗りをあげると、丁寧に一礼して、中に入ってきた。 男が何者であるのか、誰の目にもすぐ判った。 きれいに剃り上げられた頭。身にまとった漆黒の袈裟。手には数珠がしっかりと握られている。 まるで絵の中から抜け出て来たような「お坊さん」である。 萠黄は直感で、リアルだと確信した。 長身の僧侶は迷う様子もなく、優雅な足取りで萠黄たちの集団に歩み寄った。付き添いの迷彩服があわてて駆けてくるほど、歩く速度が速かった。 「失礼ですが、あなたがたもリアルなのですね」 男は楽器の音色かと思うほど、美しい声で訊ねた。 「そうです……」 一番前にいた萠黄が眩しげな顔で答えると、男は彼女の手を取って、 「呼んでいただいてうれしく思います。柊です。どうかお見知り置きを」 萠黄はハッとして思い出した。 「招待メールに、早々にお返事くれたかたですね」 「はい。津山から参ったのですが、移動手段が限られており、思いのほか時間がかかってしまいました」 口調は淀みなく、その眼差し同様に優しげだ。萠黄はつられて言わずもがなの言葉を口にした。 「お坊さんだったんですね」 すると柊は、はいと照れたように笑い、 「まだまだ半人前、修行中の身です」 年齢は三十歳前後か。快活そうな身のこなしにも、風格のようなものが漂っている。 「ご苦労なさったのでは?」 清香が横から言うと、柊は途端に顔を曇らせた。 「はい。あの日の朝の驚きは筆舌に尽くせません。寺の中が左右そっくり入れ替わっていたのですから。間取りも調度も、もちろん仏様も。そして窓から眺めた風景も、見慣れたものがすべて逆。──ああ、皆さんも同じ経験をされたのですね。……私はひどい風邪を装って部屋の奥にこもっておりました。それからは家を一歩も出ていません。家人がいないのでその点は楽でしたが」 柊は身振り手振りを交えて話す。人前で話すのが手慣れているようだ。萠黄たちは、ついつい彼の話に引き込まれていた。 「待った待った」野宮の決して上品とは言えない声が、話を中断させた。「柊さん。まずあなたのしなければならないことは検査です。リアルかどうかの判定を我々にさせてください」 「おっとこれは失礼しました。先生のおっしゃるとおりですね。それでは皆さん、また後ほど」 しかし判定時間は、たった数分。結果はすぐに出た。もちろん、リアルである。 野宮はホワイトボードに名前を書き加えた。 光嶋萠黄 駿河炎 影松清香 ビッグジョーク齋藤 齋藤元 柊拓巳 ×ハモリ ×(十七歳の男性・秋田) ×(二十六歳の女性・神奈川) ×(四十一歳の男性・山口) 「あとふたりか」 野宮がつぶやいた。 萠黄は興奮した。呼びかけてからわずか二日。これほど早くリアルが集まるとは、上出来も上出来だ。 (これで転送装置がちゃんと稼働して、大津に向かったリアルキラーズが伊里江兄を捕まえてくれたら、事件は解決かあ) 「リアルとは?」の講義を始めた野宮と、耳を傾ける人々を見ながら、萠黄は思った。 (ハジメ君みたいな、ちょっと怖い人もいるけど、変な人がいなくてよかった) しかしその思いは、夕方になって打ち砕かれることになった。 |
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