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-199- 第14章 リアル集結 II (9) |
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(リアルは自覚がなければ防衛本能が働かない。今なら確実に殺れる!) 萠黄はまったく気づいていない。 利根崎は勝利を確信しながら、引き金を引いた。 パンッ。 発射された銃弾は、狙い誤ることなく、彼女の胸へと直進した。 ドンッ。 (何っ?) 利根崎と萠黄の間に黒い影が走った。影はまるで独楽のように高速で回転したかと思うと、たちまち砂塵を蹴立てて、自ら制動をかけた。 ぼやけていた輪郭が明瞭になると、影はひとりの男の姿になった。黒のTシャツに黒のジーンズ。服装だけでなく肌も黒く日焼けしている。身長は百六十五センチほど。脱色した灰色の髪の下は、童顔と言っていい容貌で、細身だが短距離走者を思わせる均整のとれた身体は、実際よりも彼の背を高く見せていた。 小田切ハジメである。 砂塵が収まると、彼は左の手の平を開いてみせた。銃弾が湯気を立ててそこにあった。 ハジメは切れ長の目をさらに細めながら、利根崎に近づいていった。そして噴水の縁に片足を乗せると、指先につまんだ銃弾で、腰を抜かしている利根崎の顔をつるりと撫でながら、 「こいつをお前の脳みそに捩じ込んでやろうか?」 そう言って、ぐいぐいと彼の頬に押しつけた。 利根崎は泣き出した。精神に崩壊をきたしたような号泣だった。 「ハジメ」齋藤が呼んだ。「勘弁してやれ」 ハジメは我に返ったように顔を上げると、また利根崎を睨みつけ、銃弾を彼の口に押し込んだ。 「食えよ」 利根崎はアウアウと頷き、ごくりと銃弾を飲み込んだ。 「ハジメ!」 再度呼ばれて、ハジメは興味をなくしたように利根崎を放免すると、子供のように足裏を擦りながら齋藤のところに戻ってきた。 銃声を聞きつけた迷彩服たちが大勢やってきた。 「どうした?」 副長クラスらしいひとりが訊ねた。齋藤は一歩前に出ると柔和な声で、 「いやあ、あの人が何を勘違いされたか、わしらに威嚇射撃されましてな。さいわい銃弾は逸れてくれたようやが」 副長は齋藤をしげしげと見ながら、 「見慣れない顔だが、あんたもリアルか?」 「そうです。そんでコイツは」ハジメを指さし「わしの孫です」 「検査はもう受けたのか?」 「いいえ、これからそちらの娘さんの案内で行くところです」 齋藤は萠黄を見た。 「なら、早く行け」 副長はそう言うと、利根崎のそばに取って返し、 「馬鹿者が! 隊長代理の命令を忘れたか!」 現在、リアルキラーズはリアルに対する発砲等を禁じられている。副長は他の隊員に命じて利根崎を噴水から引き上げると、彼を引きずりながら散開していった。 萠黄はすっかり度肝を抜かれて立ち尽くしていた。彼女の後ろには、清香と炎も駆けつけていた。清香は萠黄の両肩に手を置いた。 「大丈夫? 怪我はない?」 「は──はい」 萠黄は今見た光景を反芻した。 ハジメは目にもとまらない速さで手を伸ばし、バックハンドで銃弾をつかんだのだ。回転したのはおそらく銃弾のスピードに合わせるためだろう。 彼が防いでくれなかったら、萠黄は確実に銃弾を浴びていた。そして、今度こそ間違いなく命を落としていただろう。 萠黄はぞっと背筋を凍らせた。 ぞっとしたのはそれだけではない。ハジメという男、まだ十五、六くらいだろうが、彼の放つ空気に、年齢に似合わぬ、キナ臭いものを感じたからだ。 萠黄はおそるおそる前に出た。 「ハジメさん、あの、助けてくれてありがろう」 萠黄の礼に、ハジメはあさってのほうを向いて、鼻を鳴らしただけだった。 「さて、萠黄さん。わしらをその検査とかに連れてってもらえますかな」 齋藤の穏やかな声に促され、萠黄はこちらですと講堂への道を歩き始めた。 ハジメは齋藤の肩を小突くと、小さな声で耳打ちした。 「おい爺さん。アンタ、前科者のオイラを孫に仕立てて、庇うつもりか。よけいなお世話だぞ」 すると齋藤は、 「娘を助けて、今度は逃亡を手助けするわしの心配か。見かけに似ずお人好しだな、ハジメは。さすが我が孫」 「おい! オイラはマジメな話を──」 「わしの一人娘、節子の長男。芸術家のわしに弟子入りしたくて、わしを訪ねてきた。それでええやないか。説明の面倒が省けるわ」 齋藤は、だははははと笑うのを忘れなかった。 正門。 警備中の迷彩服たちが会話を交わしていた。 「またリアルが現れたらしいぞ。それもふたり」 「どこから湧いたんだ? 他の門からは、通過したという情報は入ってないぞ」 「本当か? ──ん?」 ひとりが額に手をかざして、前方をすかし見た。 正門の前に、男がひとり、ぽつんと立っている。 「おーい、そんなところでぼやっとしてると危ないぞ」 声をかけたが、その男は周囲を警戒する様子もなく、つかつかと門に近づいてきた。 迷彩服たちは肩に下げた銃を男に向けた。すると男は両手を前にかざして、こう言った。 「すみません。怪しい者ではありません。ここへ来るように連絡を受けたものです。どうか、私を招待してくださったかたにお取り次ぎください。 ──柊拓巳が参りました、と」 |
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