Jamais Vu
-193-

第14章
リアル集結 II
(3)

「なんで俺たちの行く先々に現れるんだ? あれほど見つからないよう、苦労に苦労を重ねて逃げてきたというのに」
 雛田は悔しさに拳をぐっと握りしめた。
「あなたがたがここに来るのを、連中は予測していたようだと、警備本部から報告がありました。その時の映像を、もうすぐ見ることができます」
 野宮の言葉が合図になったように、ドアがノックされ、迷彩服の男が入ってきた。
「シュウさん」
 萠黄が名を呼ぶと、シュウは目だけを彼女に向け、わずかに黙礼した。
「助教授、映像ディスクです」
「そこのテレビに差し込んでくれ」
 シュウは持ってきた一枚のディスクを、壁に掛けられたプラズマディスプレイの挿入口に差し込んだ。
「私が頼んで、正門に設置された監視カメラ映像を編集してもらったのだ」
 画面に表通りの俯瞰映像が映った。正門壁際にある監視塔から撮影されたものだ。シュウが口を開く。
「長野防衛隊を名乗る連中は、我々監視側の目を見事に欺いていました」
 シュウがリモコンを操作すると、画面が二分割された。
「右側の映像。通りの向こう側を携帯電話で話しながら歩く中年男性に注目してください。左側の映像では、犬を連れて歩いている老人に。このふたり、じつは同一人物です」
 一同は画面に目を吸い寄せられた。しかし萠黄には違う人物にしか見えなかった。
 シュウは双方を静止画にし、拡大した。ふたりの手首が大写しになる。どちらの手首にもカラフルなミサンガが付けられていた。
「歩きかたを分析した結果、同一だと判定されました。他にもあります」
 今度は走り過ぎる車が分割した画面に現れた。同じ車種で同じ色をしている。
「二十分おきに通りを往復していました。ご丁寧にもナンバープレートがそのつど変えられている。我々の監視ソフトの特性を熟知しているような、巧妙な目の眩ましかたです」
「君たちの警備本部の見解は?」
 野宮が訊ねると、シュウはポケットからメモを取り出し、それを読んだ。
「彼ら長野防衛隊の連中は、年齢も性別のバラバラで、およそ軍事訓練の経験もないような者ばかりです。にもかかわらず、綿密に統率された集団のように、鮮やかな行動を見せました。極めて不可解であるとして、本部ではまだ結論が出ておりません」
「誰が統率していると?」
「それも不明です。逮捕された連中は知らないの一点張りで」
 以上ですと言って、シュウは退出していった。
「やれやれ、謎はますます深まるばかりか。みんな、ソファに腰かけて話そう」
 野宮はリアルたちに着席を促した。萠黄、伊里江、清香が並んで腰かけ、萠黄のすぐ脇に炎少年の車椅子が移動した。雛田は野宮の隣りに座った。
「先生サマ。僕にはよく判らないんだけど、そうまでして清香の命を狙う目的は何なんですかい?」
「決まってるじゃないか。リアルだからだよ」
「そのリアルってのが、さっぱり──」
「もう一度話さにゃならんのか。やれやれ」
 野宮は手短にさっき話した説明を繰り返した。話が進むにしたがって、雛田の口は開いていき、終わった時には顎が外れるほど大きく開かれていた。
「ばく、爆発するぅ? 人間が?」
「嘘ではないよ。北海道もそうして吹き飛んだのだ」
「待ってくれ、先生。人間の身体が砂になっちまう理由は、俺たちがたった一週間前に、即席で作られた偽物だからって言うのかい?」
「まあ、そういうことだな」
 雛田は自分の手を広げ、しげしげと見つめた。
「この身体はコピー……。クローン人間みたいなものなのか」
「左右反対のね」
 雛田は頭を抱え、うーんと唸った。
「わたしたちのようなリアルの人は、どれだけ集まったのですか?」
 清香が質問した。野宮は立っていって、部屋の隅のホワイトボードを引っ張ってきた。そしてマーカーのキャップを外すと、ボードに名前を書き始めた。

 光嶋萠黄
 駿河炎
 影松清香
×ハモリ
×(十七歳の男性・秋田)
×(二十六歳の女性・神奈川)
×(四十一歳の男性・山口)

「×印は……」
「そう、亡くなられたかただ」
「この伊里江さんは含まれません。自力で来たから」
 萠黄が補足すると、清香は驚いた顔をした。
「すると、この世界にはまだあと五人のリアルがいるんですね?」
「その通り。一日も早く彼らを捜し出さねばならん」
 その時、炎少年が『スゴい!』と叫んだ。全員が少年を見たが、彼の目はサングラスの奥で閉じたままだ。視線を追うことはできない。
「どうしたの?」
 萠黄が訊ねると、
『あれだよ、ほら。壁のテレビ』
 全員がプラズマディスプレイを見た。そこには、先ほどから正門前の映像が流れたままになっていた。
 画面ではボンネットの潰れた車が煙を吐いていた。
 野宮がリモコンを持ち上げ、映像を巻き戻す。
 暴漢に捕われた清香の姿が現れた。雛田は車に連れ込まれようとしているのが、ほぼ真上からしっかり撮られている。
 その時、つむじ風のように駆け寄るふたつの影。萠黄と伊里江である。伊里江は清香を救い、萠黄は車を破壊した。
「凄まじいな……」野宮は感嘆した「これほど増大しているとは」
「増大?」
 野宮のつぶやきを萠黄は聞き咎めた。
「気づいてないのかね? リアルのエネルギーは日一日と高まっている。おそらくリアルパワーもそれに比例して増大しているのだ」
『僕にもできるかなあ』
 炎少年が羨ましそうに言った。
「とんでもない! リアルパワーのことはまだよく解明されておらんのだ。むやみに使うのは危険だぞ」
 助教授は少年を叱ると、映像の再生を止めた。
「なあ、先生」
 再び、雛田が口を開いた。
「ここに集められたリアルたちは、これからいったいどうなるんです?」
「まだ言ってなかったかな。彼らは全員、元の世界に送還されるのだ」
「えっ!!」
 雛田はこれまでで最大の驚きを身体で表現した。


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