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-192- 第14章 リアル集結 II (2) |
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野宮と萠黄が交互に語った話は、どれも清香を驚嘆させずにはおかなかった。特にヴァーチャル世界の成立については、なかなか飲み込めないようだったが、リアルがこの世界でどんな立場にいるのかを聞かされると、目を閉じて何度も頷いていた。 「思い当たる節があります。わたしもここを撃たれたのに、死なないどころか傷跡さえ残りませんでした」 清香は前髪を上げて額を見せた。 「あの時はもう無我夢中で、深く考えている余裕などありませんでした。それに目に映るものすべてがひっくり返っていて、自分の頭はおかしくなったんだと信じてしまい……。おじさまが助けにきてくれなければ、今頃わたしは自分の命を絶っていたかもしれません」 その時のことを思い出したのだろう。清香の二の腕に鳥肌が立った 「スタジオのスタッフのご協力もあって、わたしたちは命からがら長野を脱出することができました。そして岐阜、滋賀と西を目指して車を走らせてきましたが、一瞬たりとも生きた心地がしませんでした。なぜなら、街中のあちこちで長野防衛隊を見かけたからです」 「長野防衛隊?」 「はい、私を撃った警官も彼らの仲間でしたが、彼らの乗った車には仰々しい文字でそう書かれていたので、遠目にもそれだと判断できたのです。長野から追って来たのかもしれない、そう思ったわたしたちは、できるだけ目立たないよう注意しながら、それでも急いで京都入りしました。萠黄さんが道を示してくれたのです」 萠黄はソファの上でみじろぎした。 清香は肩の力を抜き、頬の筋肉を緩めた。 「でも一番困ったのは地図です。ナビの声が『次の角を左です』と言っても、わたしはハンドルを右に回さないといけないのですから」 「その長野防衛隊ですが、どんな奴らでしたか」 野宮が問いかけた。 「判りません。ただハッキリしているのは、リアルのわたしをリアルと呼んで目の敵にしていたことぐらいでしょうか。しかも左右の入れ替わりなど、詳しい情報に精通しているようでした。 わたしを撃った警官は警視庁から派遣されたと言ってましたが、それが本当なら、長野防衛隊は公安の中枢部にまで浸透していることになります」 野宮は後を引き取って、 「リアル排除では、政府も長野防衛隊も目的は一致する。しかし政府は、長野に発生した暴徒鎮圧に機動隊を出したぐらいだから、裏でつながってるとも思えんが」 その時、ドアとは反対側にあるガラス窓が激しく叩かれた。一同が驚いて顔を向けると、そこにひとりの男が立っていた。 「おじさま!」 雛田だった。彼はまるで逃亡犯のように左右を見回すと、また叩き始めた。開けろと言ってるのだ。 「待って」 清香が急ぎ駆け寄って窓の錠を外した。雛田はサッシが開くのももどかしく、上体を室内に突っ込んで、転がるように部屋の床に尻餅をついた。 「何ですか、あなたは。無作法も甚だしい」 野宮の非難も無視して、雛田は清香に近づくと、 「大丈夫か? 妙なことはされなかったか?」 深刻そのものの顔で訊ねる。清香は不思議そうな顔で、 「どうして? ここは安全よ」 「いや、姿が見えなくなったら、急に心配になってな」 まるで恋人か愛娘を気遣うような表情である。萠黄はクスリと笑いかけて、ハッとした。 (この男性、どこかで──) 萠黄はソファを離れ、前に進み出た。 「あのぉ、違ったらごめんなさい。もしかして雛田義史さんじゃ?」 男はビクッと身体を震わせ、身構えるように腰を引くと、 「……君は?」 すると清香は言った。 「おじさま、忘れたの? わたしたちを助けてくれた光嶋萠黄さんじゃない」 男は目をぱちぱちとまばたき、ああとうめいた。 「君が光嶋さん?」 「は、はい」 途端に男は姿勢を低くした。 「すみません。どうも疑心暗鬼になってしまい……。おっしゃるとおり、私は雛田義史です」 「うわーっ! じゃあ、カゲヒナタの雛田さんですよね。お会いできるなんて光栄です!」 萠黄は目を輝かせた。しかし当の雛田は気を抜かれたような顔で、 「君みたいな若い人が、よくご存知ですね?」 萠黄は頭をブルブルと振った。 「わたし、お笑いには無茶苦茶ウルサイんです。そんなわたしにとってオールタイムベストが、カゲヒナタさんなんです」 雛田は照れたように頭を掻くと、イタッと叫んだ。コブに触れたのだ。 「カゲさんはお元気ですか?」 雛田の表情がふっと陰った。 「影松豊は」清香が応えた。「わたしの父は亡くなったの」 萠黄の口は笑ったまま固まった。 「──ううん、殺されたの。長野防衛隊に」 応接室の温度がスーッと下がった。 萠黄は息を止めて絶句した。 (……清香さんとカゲさんは、親子やったん!?) 同じ名字なのに、まったく結びつかなかった。彼女の公式サイトにも書かれていなかったから、おそらく情報を伏せられていたのだろうが。 沈黙の霧を野宮が払った。彼は立ち上がると、 「心からお悔やみを申し上げる。カゲヒナタといえば、私のような者でさえ知っている有名人だ。文字どおり一世を風靡したコンビでしたからな」 雛田が頭を下げた。 「──だがその長野防衛隊というのは一体何なんだ? 私はニュースで聞きかじっただけだが、高速道路をバリケード封鎖したり、テレビ局を占拠したりと、過激なことばかり繰り返し、テロリストを日本から追い出せと激しく主張している。どうやら砂状化現象の原因を、外国人テロリストによる細菌攻撃だと思い込んでいるらしい。それ以上のことは不明だが」 「じゃあ影松の死はどう説明されるんですか? 運悪く外国人テロリストに間違われたと?」 雛田が悔しそうに吐き捨てた。 「だから不明と言っている」 その時、テーブルの上の電話が鳴った。野宮が受話器を取り上げた。 「……ナニ? ……そうか、判った」 受話器を戻した野宮は、鋭い目で雛田を見た。 「正門前であなたがたを襲撃した連中が、たった今、口を割ったそうです。自分たちは長野防衛隊の隊員だと」 |
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