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-190- 第13章 リアル集結 (13) |
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「いまどこにいるの!?」 萠黄も負けずに大きな声で訊ねた。 《あなたの教えてくれた大学の門の前よ》 「ええっ!」 なんと、すでにここまで来ていたのか。萠黄は電話に耳を押しつけたまま、野宮たちを振り返った。 「またひとり、リアルが来てます」 「なんだと!」と野宮。 「……どこに?」と伊里江。 「どっちの門にいるの?」 萠黄は清香に訊ねた。 この大学には、正門、通用門など、六つの入口が存在する。 《判らない。あ、車が!》 ドンと音がして、清香の声が途切れた。 「エリーさん、来て!」 叫ぶと萠黄はドアに向かってダッシュした。 ドアの外、講堂には二、三十人の人間がいたが、皆、無言で立ち尽くしていた。 ドンッと今度はナマ音が轟いた。人々は肩をすくめた。 (清香さん!) 萠黄は講堂の出口へと駆け出した。何人かが足音に気づいて萠黄に道を空けた。中にはよけきれずに床に転がる係員もいた。 (おおげさな!) 映画館のように重い扉を開くと、風はいくぶんやわらいでいた。足を止めて耳をすます。伊里江も追いついてきた。 金属を打ち鳴らす音、そして怒号の入り混じった争う声が、風に乗って流れてくる。 「あっち!」 ふたりは正門に続く道を駆け出した。 すぐ前を、やはり正門へと向かう迷彩服の一団がいた。しかしその足取りは異様なほどノロい。 「もぉ、邪魔!」 萠黄は思わず前を払う仕草をした。するとどうだろう、数人の迷彩服がまるで突風にあおられたように、道の脇にある植栽の中に跳ね飛んだではないか。 「おおげさ……じゃない」 呆然と足を止めかけた萠黄の背中を伊里江が押した。 「……走るんです! 止まってはいけない!」 萠黄は言われるがままに速度を速める。 「……萠黄さんもやっと空気を操るコツをつかんだんですね!」 (そうか、これが!) 萠黄は試しに腕をサッと振った。残る迷彩服たちも、悲鳴を残して空中を吹っ飛んでいった。 「……どうやって会得したんですか?」 駆けながら伊里江が問う。 「空を飛んだせいよ!」 正門前。 砂煙がもうもうと舞うなかを、迷彩服たちは必死に奮戦していた。 十分ほど前、一組の男女がやってきた。女性は自分はリアルであると言い、入講を求めた。 正門の守備をまかされていた迷彩服たちは、マニュアルどおりに門を開けてふたりを入れようとした。 ところが、突如向かいの路地や家の中から、武装した一団が飛び出し、手にした角材やパイプで襲いかかってきた。 迷彩服たちは最初、これは仕組まれた罠だと思った。リアルを名乗るニセの男女で油断させ、構内への扉を開かせようという策略かと。 しかしその思い込みが仇となった。暴徒は迷彩服たちに襲いかかったが、入口を突破しようとはしなかった。それどころかさきほどの男女を捕えると、そのままどこかへ連れて行こうとした。 「こいつらの目当てはリアルだ!」 気づいた時は遅く、ふたりは盾にとられていた。 リアルを撃つことは、隊長代理の真崎から禁止の命令が出ている。今やリアルキラーズはリアルキラーではないのだ。 暴徒のひとりが女性の頸にナイフをつきつけながら、迷彩服たちに向かって叫んだ。 「お前ら、なんでリアルを守ろうとする! 殺さんと日本列島が北海道みたいに消えてなくなると長官が言うてたやろが! お前らがせえへんのやったら、俺たちが代わりに殺したるわい!」 こうなっては手の出しようがない。 男性のほうは気を失っているらしく、暴徒が横付けした車に運び込もうとしている。女性は手に携帯電話を持っているが、どこかに救いの電話でもかけたのだろうか? 暴徒たちはふたりを人質にしたつもりで、じりじりと後退していく。統率されていない民間人だけに、下手に刺激するとリアルの命の保証はない。 手をこまねいて眺めていた、その時。 弾丸のような速さで、何かが迷彩服たちの脇を通り過ぎた。 萠黄と伊里江だった。しかし迷彩服たちの目にはブレて輪郭をつかむことさえできなかった。 伊里江は清香を捕えた男のナイフを持つ腕を捩じ上げた。腕があらぬ方向に曲がった男は、悲鳴を上げて路上をのたうち回った。 萠黄は男性を連れ込んだ乗用車に迫った。窓越しに男性のうなだれた後頭部が見える。あれが清香の言った「おじさま」だろう。 乗用車のエンジンが吹かされ、すぐにも発進しそうだ。どうすればいいのか考えも浮かばないまま、とにかく前に出ようと萠黄は地面を蹴った。 (うわっ、また!) 両足と地面の間が電柱の高さほどに開いた。飛び過ぎだ。萠黄は空中でもがきながら身体のバランスを取り、着地点に目を落とした。車のボンネットがそこにあった。 揃った靴底が車体に接した。 と、轟音が上がり、車が「く」の字に折れ曲がった。 萠黄は再び空中に飛んだ。くるりと回転すると、体操選手のように地面に降り立った。振り返って見た車は、もはや二度と走れないほど変形していた。 ふたりの登場に意気阻喪した暴徒たちは、あっさりと投降した。彼らには明確なリーダーはおらず、予想どおり烏合の集団であったから、敵わないと判った途端、子供のように泣いて命乞いをした。 萠黄は、息を吹き返した男性を乗用車から助け出し、路面に寝かせた。 「おじさま!」 清香が駆け寄ってきた。男性は「ううん」と一声うなり、目を開いた。どうやら怪我はしなかったらしい。不幸中の幸いだ。 清香が涙混じりのまなざしを萠黄に向けた。 「あなたがおじさまを救ってくれたのね」 萠黄はつと立って、背の高い清香を見上げた。 「初めまして。わたしが光嶋萠黄です」 「まあ、あなたが!」 清香は萠黄に抱きついた。 「わたしよ! わたしが──」 「よく知ってます。影松さん」 正門の騒動を、遠くから見つめるふたつの目があった。 「フン、俺様の登場には、まだ早いようだ」 男はつぶやくと、煙のように路地の奥に、その姿を消した。 |
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