Jamais Vu
-189-

第13章
リアル集結
(12)

 アッと萠黄は声を上げた。なぜ気づかなかったのか!
「我々が新鮮な肉を口にするには、生きてる牛や豚に、その、亡くなってもらわねばならない。最近では電気でおこなうことが多いようだが、残念なことに、動物は昇天した瞬間、砂になってしまうんだよ」
「……先生、それは血を見るような怪我じゃなくても、砂状化が起きるということですか?」
 伊里江の問に助教授は頷く。
「ヒトを含む動物全体にあてはまることなのだ。すなわち、この世界が生まれる直前に加工された肉が、冷凍庫から消えてしまうと、我々は永遠に肉を食する機会を失ってしまう」
 萠黄は手の中のサンドイッチに顔を近づけた。
「これは牛でも豚でもない……」
「魚肉でもないぞ。魚だって食えなくなったんだ」
 萠黄はがっくりと膝に腕を落とした。パン屑が床の上に落ちた。
「もう冷凍肉は手に入らない。業者が隠してしまいおってな。とんでもない奴らだ」
「……先生! 野菜はどうなんですか?」
「野菜か、ははは」助教授は笑った。「神の思し召しなのか、植物は問題なしだ。大根を地面から抜いて、その場で輪切りにしても砂になったりはしない。この世界の住人はベジタリアンになるしかないようだな」
「でも、お父さんが言うてました! 砂にならない方法を開発中やて。小型ブラックホールのレーザーを照射すれば、砂状化は食い止められるって」
「──そのとおりだ。そのとおりなんだが」
「何か気にかかることでも?」
 野宮は髪の毛をバリバリと掻いた。
「君たちには敵わんな。つい余計なことをしゃべってしまう」
「………」
「電源工事が遅れてるんだ。供給不足は何も肉だけじゃない。部品が足りないので、完成は明日になりそうだということだ」
「そうですか。でも一日くらい」
「まあな」
『お話中、失礼ですが』
 炎の声が言った。
「おー、君も会話に参加してくれて構わんぞ」
『それには、寝たままだと失礼ですので」
「と言っても、君は──」
 ガシャッ、シュイーン。
 突然、炎のベッドが音を立てて動き出した。自らの意思でベッドを運転できるのか。最初は萠黄もそう思ったが、違った。
「ほう、これはこれは」
 野宮が感嘆の声を上げた。
 なんとベッドが変形し始めたのだ!
 ちょうど炎の尻の辺りが谷折りに、両膝のところが山折りになっていく。
 モーター音が消えた時、大きな車輪こそないが、重装備のベッドは重装備の車イスへと変貌を遂げていた。
「すごっ。まるでロボットみたいや」
『僕の愛車だよ。好きな車にちなんで、ポルシェって名前を付けちゃった』
 炎はポルシェを器用に操って、スイーッと三人のテーブルに近づいてきた。しかし肝心の炎は腰かけた状態でも目を閉じて眠ったままだ。
 萠黄は目をしばたたいた。どうにも眼前の光景が受け入れられない。表現は悪いが、まるでマネキンを見ているようで落ち着かない。
『やあ、萠黄姉さん──と呼んでもいい? このままじゃなんだか気を遣わせそうだね。──伊里江兄さん、悪いけど、肘掛けの裏にあるサングラスを僕に掛けさせて』
 伊里江は立っていって、注文どおりにしてやった。
『ありがとう。僕はいつも誰かに会う時、こうして格好をつけてるんだ』
 萠黄は炎少年が気に入った。じつに愛らしく、素直ないい子である。いい子過ぎるくらいだ。
「炎君、わたしたちの顔が見えてるんよね?」
 すると頭上のカメラが左右に動いた。
『もちろんだよ。こっち側に腰かけてる長身でちょっと顔の青い男性が伊里江兄さん。反対側のソファで、いかめしい顔をした白衣のおじさんが野宮助教授。
 そして、伊里江兄さんの向こうにいる、小柄で髪が短めで、今、ウインクしたのが光嶋萠黄姉さんだね』
 萠黄は拍手した。
「駿河炎君。わたしたちはあなたを歓迎します」
『転校生になった気分だな。ありがとう。よろしくね』
 その時、萠黄のポケットで携帯が振動した。すかさず取り出す。液晶画面に影松清香の名が浮かんでいた。
(しまった、朝になったらこちらからかけるって言うたの、忘れてた!)
「ちょっと失礼」皆に断るとソファを立った。「もしもし」
《萠黄さん!》
 清香の声はなぜか聴き取りにくかった。声にいろんな音が被さっているためだ。
「ごめんなさい、わたし、お電話するのを──」
《おじさまを助けて!》
 清香の声は絶叫に近かった。


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