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-188- 第13章 リアル集結 (11) |
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「そんなわけで今朝方、お母さんの慣れない運転で、おふたりはここにたどり着かれたというわけだ」 野宮助教授は話を締めくくった。 萠黄は肩の力を抜いた。駿河親子の話は以前、PAI関連のニュースの中で読んだ記憶があった。これほどの苦闘の歴史が存在するとは知らなかったが。 「研究所はどちらにあったんですか?」 萠黄が問うと、母親は顔を上げ、 「名古屋です。高速道路を使いたかったんですけど、料金所やNシステムなどで足がつくのは避けたいと炎が言うものですから、裏道や住宅地、時には未舗装の田舎道を走ったりして、ようやくここまで来ました。私はペーパードライバーですし、一睡もせずに走り通しでしたからどうなることかと心配でしたが、なんとか無事に到着できました」 そして野宮に身体を向けると、 「先生。私はまだリアルがどういうものなのか、どうして息子の身体がこうなったのか、もうひとつ理解できてません。それでもここに来れば何とかなると聞き及び、ワラにもすがる思いでやってきた次第でございます。どうか私ども親子をお助けくださいまし。良い方向にお導きくださいまし」 母親は床に降りて膝をつき、野宮の前で土下座した。 「私などどうなっても構いません。どうか息子を救ってやってください!」 野宮はあわてて腰を浮かし、母親の肩をつかんだ。 「お母さん、どうぞお立ちください。大丈夫です。私どもは必ずあなたがたのお役に立ちます。私が保証致します」 萠黄は頭を下げ続ける母親の背中を見つめていた。 これが母親の愛というものだろうか。現在の医学が息子を救えないと知ると、自らの力で治療方法を編み出そうとするその迫力。莫大な資産があってのこととはいえ、並の人間には到底真似のできないことだ。萠黄はそう思った。 「……これは実話ですが」伊里江が口を開いた。「あるところで、我が子が不治の病に見舞われました。現在の医学では治せない。普通ならあきらめるしかありません。ところが両親は自ら勉強し研究を重ね、遂には特効薬を開発してしまったそうです。この話は映画化もされたと聞いています」 萠黄は自分の両手を眺めた。 (わたしのお母さんだったら、やっぱり自分のために何かしてくれるだろうか) 目を閉じると、瞼の裏に母の最期の姿が思い浮かんだ。砂になりながらも萠黄に優しく語りかけた母──。 野宮は母親をやっとのことでソファに座らせた。 「お疲れでしょうから、ひとまずお休みください。お部屋にご案内させますので──おい、和久井クン」 会話が途切れた。するとそれを待っていたように、 『野宮先生』 炎の声が助教授を呼んだ。野宮はベッドに顔を向け、ゆっくりと応えた。 「なんだね、炎クン」 『私はまったく疲れていません。もう少しここにいて光嶋さんたちとお話ししたいのですが、構いませんか?」 「ああ、君がいいのならもちろんOKだよ」 『ありがとうございます』 不思議な光景である。炎少年は眠ったまま微動だにしないのに、その意思はPAIを通じて他人と話すことができる。二〇一四年のハイテク技術はここまで来ているのだ。萠黄は感動に震える思いがした。 和久井助手は、緊張と疲労で今にも気を失いそうな母親を伴い、応接室を後にした。 「さて、と。光嶋クンたちは朝食を食べたのか?」 「いえ……まだ」 すると呼応するように、萠黄の腹の虫が鳴いた。 「……私も口をつける直前に呼び出しを受けたので」 伊里江も腹を押さえる。 「そうか。ならちょうどそこにサンドイッチとコーヒーがある。よかったらつまんでくれ」 ふたりは揃って頷いた。野宮はベッドに振り向き、 「炎クン、君の朝食はどうなってるんだね?」 『お気遣いなく、先生。ちゃんと栄養剤をベッドの中にストックしてありますから。でもそのうち補給をお願いすることになるかもしれません』 「その時は遠慮なく言ってくれたまえよ。物不足だから百パーセント要求に応えることはできんかもしれんが」 『了解です。先生』 萠黄はふたりのやりとりを聞きながらサンドイッチにパクついた。だが一口噛むと、急に口を動かすのを止めた。 「先生、このサンド、変わった味ですね」 「ん、気づいたか」 萠黄はとりあえず口の中のものをコーヒーといっしょに飲み込んだ。そして開封したセロファンの文字に目を注いだ。 「カツサンド……後ろにカッコして合成と書いてありますけど」 「その通りだよ、光嶋クン。君の食べたカツはまがい物だ」 「………」 「判らんかね? 世の中からは、すでに肉がなくなりつつあるのだよ」 |
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