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-186- 第13章 リアル集結 (9) |
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和久井助手に連れられて、萠黄は初めて講堂に足を踏み入れた。驚いたことに朝早い時間にもかかわらず、板張りの広い空間は人声でさんざめいていた。 「迷彩服も白衣も着てない人は?」 「リアルだと名乗り出たかたがたです」 和久井助手が言うには、今朝第一号が現れてから、まるで堰を切ったように「自分こそリアルだ」と通用門に殺到したそうである。聞けば、昨夜辺りから大学を遠目に見るところまで来ていた人が大半だそうである。訪問するまでの決心がなかなかつかなかったという。第一号が丁重な扱いで引き入れられたのを目撃し、我も我もとなったのだ。 それには野宮助教授が「安心して入ってこれるようにせよ。銃を構えるなど持っての他」と申し入れたのが功を奏したという。もっともな話だ。 「まだ検査は始まったばかりです。でも、ひやかしや身分を偽ったメディア記者などが、すでに何人も追い払われています」 確かに、写真をカメラを首からぶら下げていたり、興味深げにウロウロ歩き回っている胡散臭い人物がそこかしこにいる。 「先生はあちらでお待ちです」 「あ、そうだ! エリーさん──伊里江さんは?」 「あのかたもお連れするよう連絡しました。おっつけ来られるでしょう」 淡々と応える和久井助手の表情には、天使のように舞い降りた萠黄に見せた驚愕の表情など、どこにも残っていなかった。あるいはリアルイコール超能力者であると、自分を納得させたのだろうか。その頭の中を覗いてみたいと萠黄は思った。 和久井が壁に並んだドアのひとつをノックした。 「光嶋さんをお連れしました」 「やあ、萠黄クン、こちらに来たまえ」 絨毯の上で助教授がおいでおいでしている。萠黄はぺこりと頭を下げて室内に入った。今日の講堂は、どこも土足のままでいいようだ。 萠黄の目はすぐに、ソファセットの向こうにあるベッドを捉えた。少年らしき人物が横たわっている。 ソファには、助教授の真向かいに女性がひとり腰かけていた。 「萠黄クン、話は和久井クンから聞いたかね?」 「はあ、リアルの人が見つかったと」 野宮はウンウンと頷き、 「その通りだ。こちらがそのお母さんで、息子さんがリアルだ。それで息子さんの炎クンが、一刻も早く君たちに会いたいということでな」 萠黄はベッドを見た。少年の横顔は何の反応も示さず、目を閉じたまま天井を向いている。 萠黄が困惑していると、母親と紹介された女性が立ち上がり、萠黄の前にやってきて彼女の手を取った。 「あなたも左右が入れ替わったかたですの? うちの息子のお仲間なのね。どうかお友達になってやってください。よろしくお願いします」 母親は深々と頭を下げた。萠黄はどう応えていいか判らず、野宮に助けを乞う視線を送った。 助教授はパンパンと両手を打って立ち上がると、 「さあお母さん、炎クンがお待ちかねですぞ」 「あら、そうね、そうそう」 母親は萠黄の手を引くと「こっちよ」と有無を言わさぬ力で引っ張って行く。萠黄はテーブルの端っこに足を取られて転けそうになった。 「ホノオ、ホノオ。お友達が見えたわよ」 息子の返答はない。 母親は背後から萠黄の両腕をつかむと、まるで貢ぎ物のように前に送り出した。 少年の顔が間近にあった。 (この子も、リアル……) 萠黄は息の止まる思いがした。なんという無垢な寝顔だろう。それが第一印象だった。 すやすやと規則的な寝息が聞こえ、胸の辺りが上下している。 それにしても奇妙なベッドだった。城壁のように機械が少年を取り巻いている。おまけに少年は白いキャップを被されていて、そこから伸びた無数のケーブルがさまざまな機械につながっていた。 (どういうことなん?) 萠黄が母親か野宮に説明を求めようとした時だった。 『こんにちは、お姉さん』 少年が声を発した。それが少年の声であることは疑いようがなかった。 だが少年の目はしっかりと閉じられ、口には動いた形跡はまったくなかった。 にもかかわらず、少年の声が続いた。 『フフフ、驚かしちゃったかな。初めまして、僕の名前は、駿河炎です。火を縦にふたつ重ねて、炎だよ」 その声はじつに軽快で、透き通るような質感だった。 萠黄はようやく声の出所を発見した。 少年の頭のすぐ上に白い箱があり、無数の小さな穴が空いている。スピーカーだ。 そしてさらにその上にカメラが装着されていた。球体の中に黒いレンズが埋め込まれている。それが萠黄の動きに合わせるように左右に揺らめいている。 (何やの? このベッド──) |
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