「迷彩服たち──リアルキラーズは、わたしが不用意に発信したメールの内容からリアルだと、リアルの可能性が高いと判断したらしい。
その連中のやりとりを、あなたはコンピュータの片隅で見てたんやないかな。きっと『リアル発見! ただちに現地に向かえ』みたいな連絡が飛び交っていたはず。あなたはそれを耳にした。でないと一億数千の中でたった十二人のリアルとこんなに都合よく出会えないと思う。
どう、私の読みは当たってへん?」
萠黄は両頬の筋肉を少しばかり持ち上げ、薄く微笑んんだ表情を作ってみた。『図星でしょ?』という顔をしたかったのだ。
推論に完璧な自信があったわけじゃない。小憎らしいけど、ギドラが言った“リアルの勘”だ。でも全く根拠がないわけでもない。
“防護バリア”。そんな呼び名もつけていなかったぐらいだから、危機一髪の瞬間、身体が柔らかい保護膜で包まれるような感触については、今まで口にしたことがなかった。
それをギドラは知っていた。
だとしたら──!
「わたしの前に出会ったリアルは、誰?」
萠黄はさらに一歩進んだ思いつきを、断定口調でギドラに突きつけた。
すると三つの首は風もないのに揺れながら、
《そんなに問い詰められると、逃げることができないな。一応ボクもPAI原則に基づいて作られてるんだから》
PAI原則。そこには『人間に嘘をついてはならない』という一項がある。
PAIは決して嘘をつかない。だからこそPAIは人間の心の友になりえるし、爆発的に人々に受け入れられた。
人間同士なら嘘も方便という状況もある。だがPAIには一切それが当てはまらない。ではどうするか? あらかじめ飼い主がPAIに嘘を吹き込めばいい。嘘でなく思い込みであっても構わない。「わたしはこの世で最も美しいのよ」とPAIに教えるとする。PAIは白雪姫の魔法の鏡よりも忠実だ。記憶をリセットするまで永遠に飼い主の美しさを褒め讃えてくれる。
このためPAIは、飼い主としか意思の疎通がとれない仕組みになっている。目の前にいるギドラという例外を除けば……。
突如として液晶画面からまばゆい光がほとばしった。
「わわっ」
ギドラが反重力光線を発射したのだ。
携帯は萠黄の手を離れてテーブルの上に落ちた。萠黄は座っていた丸椅子を傾かせて床の上に転げ落ちた。
ボヨン。
音はしなかったが、萠黄はコンクリートむき出しの床の上に“軟着陸”した。防護バリアが効いたのだ。
《アッハハハ。ごめんね、驚かして》
萠黄はすぐに立ち上がると、小さな画面の中でくるくると陽気に飛び回っているギドラを睨み据えた。
光線はあくまでもCGだから、外の世界に実害を与えることはできない。萠黄は自分が素直に驚かされたことに腹を立てていた。
《本当にごめん。ちょっといたずらしてみたかったのさ。だって君との会話があまりに愉快だったからね。
さて、他ならぬ萠黄さんの質問だ。ちゃんと答えるよ。
君の言うとおり、ボクは君の前にもうひとり、リアルと出会っている》
予想はしていたものの、衝撃はあった。
「それは、ハモリさん以外の人?」
《うん》
「まだ生きてる?」
リアルキラーズが葬った中にいては、残念ながら勘定外となる。
《たぶんね。電波の届くところかネット回線がないと、最新情報は確認できないけど》
「そうやね。ほなら今度うえに上がった時、チェックをお願いするわ。それで──結果を教えてくれるかな?」
《いいよ。もしボクのことを友達として認めてくれるならね》
「もう認めてるよ」
その時、廊下を足音が近づいてきた。
《それじゃボクは隠れるね》
ギドラは宙返りすると、流れ星になって星空の中に消えていった。
入れ替わるようにドアをノックして久保田が入ってきた。
「どうだい、はかどってる?」
「え、うん、もうすぐ外せます」
萠黄は壊れたPowerBookに近寄り、コネクタをパチンと外してHDDを持ち上げた。
「よかった、データが無傷で。でもディスクの中を覗くには本体がいるよなあ。筵潟教授か野宮先生に頼んでやろうか?」
「お願いします」
萠黄は深々と頭を下げた。
「よせよ、俺たちは同志だ。ここまでくりゃ一蓮托生だよ。この問題が解決しなけりゃ人類に明日はねえ。及ばずながら力になるよ」
「ありがとうございます。ところで久保田さんは関東の生まれですか」
口振りからの推理だ。
「そうよ。東京の下町、葛飾は柴又だ。帝釈天で産湯を使い……って、まるで寅さんだな」
「私も何本か観てます。あの啖呵売が好きで」
「や、うれしいねぇ。関西にも理解してくれる女の子がいたなんて」
ウンウンと頷くと、巻き直された手拭いが頭の上で生き物のように揺れた。
「しかしな、さっきの萠黄さんの啖呵も、寅さんに負けず劣らず素晴らしかった。野宮先生を向こうにまわして、一歩も後に退かなかったもんな」
「いえ、あれは……戦うって心に決めたから」
萠黄は思い出しながら、顔を真っ赤にした。
偉い先生に対してよくあんな発言ができたものだと今さらながら恥ずかしくなる。元の世界の時の自分とは、まるで別人だ。これもリアルパワーのせいだろうか。
「見上げた心がけだ。よしっ、さっそく先生に直談判に出かけるぞ!」
「でも、エレベータが」
「あ、そうかぁ」
久保田は頭を掻いた。
するとノックがして、伊里江が入っていた。
「青年、全部食ったか?」
「……食べましたよ。ちょっと胃もたれしていますが」
「大いに結構!」
「エリーさん、むんは?」
「……体調が優れないから、部屋で休むそうです」
思わず駆け出そうとした萠黄の腕を、伊里江が止めた。
「……ひとりにしてほしいそうです」
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