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-165- 第12章 予測不可能な事態 (1) |
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正午の時報が天井のスピーカーから流れると、壁に埋め込まれた電子レンジ状のフタが勝手に開き、なんとそこに、ほこほこと湯気をあげる味噌汁の付いた天ぷら定食が出現した。 「みんなの部屋にも届いてるんじゃないか?」 萠黄もむんも伊里江もそれぞれの部屋に戻ってみると、確かに各人の分が到着していた。壁の中に配膳エレベータがあるのだ。 「これがインテリジェントビルってぇ奴かな」 久保田はしきりに感動していたが、萠黄には“ハイテク刑務所”としか思えなかった。 「美味しい」 四人は久保田の部屋に集まって昼食を囲んだ。食欲はなかったが、むんのひと言につられて萠黄も箸をつけてみた。 本当に美味しかった。天ぷらのからりとした揚げかたといい、味噌汁の味付けといい、文句のつけようがなかった。ファミレスやコンビニの比ではない。ここには一流の料理人がいるようだ。 「悔しいが腕は俺サマより上みたいだ」 久保田がうなり声を揚げた。 萠黄は茶碗蒸しの温かさを手の平に感じながら、ついさっき終わった記者会見の模様を思い出していた。 『リアルを殺してください』 後は同じ文句を繰り返すばかりだった笹倉長官。彼は目の前のテーブルに何度も額をこすりつけ、痛々しいほどにお辞儀を繰り返し、国民に懇願した。 しかし会見は唐突に終わりを告げた。政府が差し向けた屈強な男たちによって、笹倉はカメラの前から連れ去られたのだ。だが皮肉にもそれが、笹倉の信じがたい話に真実味を持たせる結果となった。 チャンネルを換えてみた。どの局も総理の釈明を求めて、国会周辺に押し寄せる群衆をレポートしていた。さらには『笹倉発言の真偽を探る』と称して、有識者を集めた緊急討論会を早々に開いた局もあった。 「こりゃ、大揺れに揺れそうだな」と久保田。 「他人事じゃないですよ。こうしている間にも、どこかでリアルが……」萠黄が非難めいた口調で言う。 「判ってるよ。しかし今は虜囚の身だ。ジタバタしたって始まんねえ。それより、食えるときはしっかり食う。これが生き残るコツだ」 生き残る──。 果たして、日本中に散らばるリアルたちは、こんな逆境のなかで生き延びることができるのだろうか? いや、反対に、自分たちこそこの世界を破滅に追いやる存在であると知って、煩悶しているのではないだろうか。 助けなければ。 リアル同士助け合わねば。そして全員をここに集め、元の世界に送り返してやらねばならない。それが自分の使命なのだ。 萠黄は勢いよく箸を置いた。 「ごちそうさま!」 「おお、全部食ったな。それじゃ解放してやろう」 「……私も行きます。リアル候補に集合かける手配をしなければいけませんしね」 伊里江も続こうとする。 「青年、まだ残ってるぞ」 「……それどころでは」 「四分や五分でどうなるものでもあるまい。昔の偉い人は言った。一口残す者は一杯の飯に泣くとな」 「……しかし」 「ええよ、エリーさん。わたし、先にノートパソコンの修理をせなあかんから」 萠黄は空になった食器を返却用のエレベータに入れると、重いリュックを背負って部屋を飛び出した。 同じ階にあるという工作室。萠黄はそこに向かった。 地下十階は、全ての部屋が短い直線距離の廊下を向いていた。萠黄は片っ端からドアを開いては中を覗いていく。 ほとんどの部屋は空っぽだったが、五つ目にしてようやく工作室を発見した。といっても六畳ほどの空間に木製テーブルが2つ、アングル棚に大工道具や電気工具が雑然と置かれているだけだった。 萠黄はリュックを降ろし、銃弾を受けたPowerBookを取り出した。ドライバーを手に持って、丁寧に分解を始める。 筵潟教授宅では、電源が入らないことだけは確認してあった。どうか記憶ユニットが無事でありますように。祈りつつキーボードを取り外すと、どうやらHDDは無事であることが判った。 とりあえず安堵のため息をつくと、リュックのポケットで携帯が鳴った。すかさず取り出して開く。 《ようやくひとりになったんだね》 思ったとおり、相手はキングギドラだった。 「取り込んでたもんでね」 《随分とへたれてるじゃない。お疲れかい?》 「ご覧のとおり」 萠黄はだるそうに机の上に上体を起こし、HDDの取り外し作業にかかった。携帯は開いたまま机の上に置いた。 《女の子なのに機械に強いんだね》 ギドラが意外そうに言った。さすがに怪獣の表情までは読み取れないが。 「それ、学校でもさんざん言われてきたセリフやわ。とうとう怪獣にまで言われるなんてね。あんたたちの仲間でもメスは機械音痴なん?」 《アハハ》 さすがに冗談と理解したらしい。ギドラはただ笑っただけだった。 HDDを本体から持ち上げる。するとその下から焦げたように黒ずんだ銃弾が出てきた。先端がロウソクのように溶けて固まっている。 (銃弾が貫通しなかったのは、わたしのリアルパワーのおかげでもあるみたい) ふと疑問が浮かんだ。 パソコンを盾に最初の銃弾を防いだ後、サキはもう一度、萠黄を撃った。その直前、ランプの魔法使いのごとく携帯からモジとギドラが現れて、萠黄を守ってくれようとした。 そうだ、ギドラはわたしに──。 「ねえ、あの時、銃弾に集中しろって言うたよね。あれはどういう意味やったん?」 |
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