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-163- 第11章 激震 (16) |
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むんがそばで息を飲むのを感じた。しかし萠黄の舌は止まらなかった。 「リアルを日本中から残らず集めてしまえば、万が一、元の世界へ転送できなくても、皆殺しにすれば解決するんですからね」 「万が一とはどういうことかね?」 野宮が顎を突き出す。しかし萠黄は面を伏せると、 「そんな気がしただけです」 「実験は百パーセント成功しとる。君たちリアルは確実に元の世界に戻れるんだぞ。感謝されこそすれ、憎まれ口を叩かれる謂れはない。ましてや失敗するなどと縁起でもないことを言わんでくれたまえ」 「感謝?」 萠黄は両手をテーブルについて立ち上がった。込み上げる思いとは裏腹に、声は低く、口調は緩慢になっていく。 「何言うてますのん、わたしは好き好んでリアルになったんやないんですよ。被害者なんですよ。責任者が頭を揃えてわたしらの前で『すまんかった』と頭を下げるほうが筋とちゃいますか?」 「………」 「それに用があるのはリアルのわたしとエリーさんだけでしょ? むんまで連れてきたのは、わたしが命令に従わない場合、脅しに利用するためやないですか? あの強面のリーダーさんならそれぐらい考えそうですよね」 「………」 「そこまで知った上で、わたしはおとなしく連行されてきたんです。でなければわたしとエリーさんは徹底抗戦して、リアルパワーの底力を思い知ることになってましたよ。先生はご存知かどうか知りませんが、この世界にいる限り、リアルは超人なんです」 「聞いておる。東北で見つかったリアルは、激しい抵抗の末に亡くなったのだが、その際、街がひとつ壊滅したという」 萠黄はしばし目を閉じた。まるで死んだ仲間の冥福を祈るかのように。 「……リアル集めには協力します。候補者はすでに絞ってますから、すぐにでも連絡することができます。早いほうがいいでしょうからね。そのためには無駄なことに時間を取られたくありません。午後に予定されているという個別尋問はパスさせてください」 「しかしそれは──」 「皆さんへの説得は先生にお任せします。それから」萠黄はその話は済んだとばかり話題を転じ、「パソコンを修理したいんですけど、工具一式を貸していただけますか?」 「あ、ああ、君らの居住エリアと同じ階に工作室がある。自由に使うといい」 「ありがとうございます」 萠黄は馬鹿丁寧なほどうやうやしく頭を下げた。 十一時の時報が鳴ると野宮助教授は「また話そう」と言い残し、大急ぎで部屋を飛び出していった。 入れ替わりに和久井助手がやってくると、おどおどした様子で入口に立ったまま、これから居住エリアにご案内しますと告げた。 萠黄たちは廊下側にではなく、助教授室へと一旦戻され、そこから別のドアへと導かれた。 いきなり広い部屋に足を踏み入れた四人は、うわぁと感嘆の声を上げた。五階分が吹き抜けになった円筒状の空間には、無数の液晶モニタや実験装置がひしめいており、その間では白衣姿の人々が自分たちの仕事を黙々とこなしていた。 「あの、ここがメインの研究ルームです」 部屋の中央に、ひと際異彩を放つ巨大な球体があった。萠黄にはそれが転送装置であるとすぐに判った。伊里江の島で見たものによく似ていた。巨大な地球ゴマは六重のリングが合わさって構成されており、外側を透明な局面ガラスが覆っていた。 萠黄は一歩二歩と歩み寄った。 (今度こそ……今度こそホンマに帰れるんやろか) ガラスに自分の姿が映っていた。 気がつくと、その後ろにいくつもの顔が風船のように浮かんでいるのが見えた。 「………?」 首を捻ると、人々はバツが悪そうに目を逸らし、白衣をひるがえして装置の間に散っていった。 (あれがリアルだ) (なんだ、普通の女の子じゃないか) (バカ言うな、爆弾を抱えてるようなもんだぜ) (存在自体が爆弾なんだ) (細胞レベルで左右が反対とはな。よくこの世界で生きてられるな) (バケモノなのさ) その時、萠黄の肩にふわりと手が乗った。 「さあ、行こうか」 久保田の声が優しく促した。 ふたりは部屋の反対側にあるエレベータの前で待っていた伊里江たちと合流した。 和久井助手が手の平をボタン横の読取機にスキャンさせ、エレベータの分厚い扉を開いた。 五人が箱の中に入るとエレベータは音もなく動き出した。 地下六階、七階、八階……。 「……なるほどここから下の階は、地上へ直通してないのか」 伊里江の独り言に萠黄は頷いた。 エレベータが停まったのは地下十階だった。数字は十までしかない。 扉が開く。そこには暗い廊下を挟む剥き出しのコンクリート壁が待っていた。 「建築業者もさすがに手が回らなかったと見える」 久保田がため息まじりに呟いた。 和久井は四人に居室の位置を教えると、そそくさとエレベータに乗り込み、あっという間に上の階へと戻っていった。 「愛想も何もないねえさんだな」 「──すみません」 「ん? なんで萠黄さんが謝る?」 「妹さんのところに帰れなくなりましたね」 「ああ……まあしょうがないさ。そんなことより部屋を覗いてみようぜ。冷蔵庫に酒が入ってるといいけどな」 四人はひとまず部屋のひとつに入ってみた。 打ちっぱなしの壁面を見た時からいい予想はしていなかったものの、中は存外普通の居住空間の体裁を揃えていた。バストイレがあり、テレビやソファセット、そしてベッドがあり、窓がない以外は、中クラスのビジネスホテルといった塩梅だ。備え付けの冷蔵庫にはドリンク類や簡単なスナック菓子が入っていた。 「くそ、やっぱり酒はないか。文句言ってやる」 怒ってドアに向かう真似をした久保田に伊里江が声をかけた。 「……無理ですよ。我々にはエレベータを呼べません」 「なんだって?」 「……さっき試したのですが、私の手の平では認証してくれませんでした」 「冗談だろ!?」 久保田は部屋を飛び出した。萠黄も後を追う。 (わたしたち、自分の意思では上に行かれへん?) 久保田は読取機に何度も手の平をかざしたり、こすりつけたりを繰り返した。だがエレベータは無反応だった。 「ちっくしょー。そうならそうと先に言えよ!」 萠黄はしかし、これもありかなと思っていた。 自分たちは決してお客ではない。処理されるべき爆弾なのだ。生きた核爆弾……。 きっと他人には自爆テロリストと同列にしか見えないのだろう。牢屋に入れられないだけマシというものだ。 「テレビを見て! 早く!」 部屋の中でむんが叫んでいた。その声に鬼気迫るものを感じた久保田と萠黄は、急いで部屋に駆け戻った。 「臨時ニュースをやってる! 政府の誰かが緊急記者会見してるらしいわ」 後になって判ったが、そのニュースはヴァーチャル世界誕生以来、最大の衝撃を日本国民に与えたのだった。 まさしく“激震”だった。 |
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