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-157- 第11章 激震 (10) |
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エレベータは地下五階で停止した。 感覚的にはもっと深く潜ったような気がする。萠黄は形容できない息苦しさを感じていた。 扉が開き、こちらですと和久井助手が歩き出す。萠黄、むん、伊里江が後に続く。もちろん監視役の迷彩服もついてくる。 (まさか、このまま誰もいないところで銃殺なんてことはないやろね……) そうなればせめて浴びた銃弾の一発でも跳ね返してやりたい。一矢報いてやりたい。 ともすれば緊張感でもつれそうになる足を、萠黄は心の中で叱咤した。 背後でくすっと笑い声が漏れる。 「リアルって変な歩きかたをするんだねえ」 例の長身金髪の迷彩服だ。萠黄はひとこと言い返したかったが、その手に警棒状のものが握りしめられているのを見て、相手にするのを断念した。 廊下の天井は恐ろしく高い。目も眩むほどと言いたいが、遥か天井には照明もなく、ただ暗がりが広がっているばかりだ。 萠黄は昔見た映画を思い出した。ヨーロッパのはずれにひっそりと立つ、誰からも忘れ去られた古城。その地下牢獄はこんな風ではなかったか。 ──幾重にも張りめぐらされた蜘蛛の巣。 ──ぽたりぽたりとしみ出す地下水。 ──さまざまな怨念が焼き付いたような壁のしみ。 「萠黄さんかい?」 俯き気味に歩いていた萠黄の耳に、場違いに明るい声が飛び込んできた。 前方の暗闇に切り抜いたような四角い光が落ちていて、その中の丸い影がしきりに動いている 「久保田さん?」 間違いようがない。開いた扉の陰から覗いた頭には、トレードマークの手ぬぐいがしっかりと巻かれている。 久保田はつんのめるようにして萠黄のもとに駆けてきた。 「むんさんも、おう、伊里江君も無事だったか。何はともあれ、めでたしめでたしだ」 久保田の広げた両腕が三人を包むように抱きしめた。萠黄は改めて久保田の大きさに驚くと同時に、絶えて久しい安らぎの感触を味わっていた。 (お父さんの匂いを思い出す──) 伊里江はどう対処していいのか判らず、困った表情を浮かべている。 「あー、久保田」 部屋の中から別の人物が現れた。でっぷりとした腹を突き出した白衣の男。 「話は中に入ってからにしろ。落ち着かんわ」 「これは失礼」久保田は軽く返事すると、三人を伴って明るい部屋へと入っていった。扉を閉めるとき、ついてきた迷彩服たちには「帰れよ、しっしっ」と手で追い払った。意外なことに迷彩服たちはあっさり戻っていった。 招じ入れられた部屋は、処刑を執行する場所でも拷問室でもなかった。広さは二十畳ぐらい。左右の壁に書架が並び、隅には大きな机がでんと置かれている。 「ようこそ我がエネルギー工学研究所へ。私は助教授の野宮甲太郎。この研究所の副所長でもある。そしてここは私の個室だ」 萠黄たちは頭を下げたが、いまだに事情が掴めない。 「あのー、どうしてわたしたちはここに?」 「ん? 何も聞いてないのかね?」 「はい……」 「ったく役に立たんな、和久井クンは」 助教授はひとしきり無能な助手をこき下ろすと、久保田に向かって、説明してあげなさいと命じ、自分は腕を組んで椅子にドスンと腰かけた。 「そうか。ここまで何も聞かされずに連れてこられたのか。そいつはたいそう驚ろいたことだろうな」 ぼりぼりと頭を掻く久保田。 彼は三人を用意してあった丸椅子に座らせると、ここまでの事情を話し始めた。 それによると──。 やっとのことで、かつて在籍した研究室の卒業生であることが認められると、久保田は野宮助教授に全てを打ち明けた。自分がいま行動を共にしているグループに、ふたりのリアルがいると。 当然ながら野宮は仰天した。 久保田は必死に訴えた。この研究室にあるという装置で彼らを元の世界に送り返してやってほしい。そうすれば全てが丸く収まる。 聞けば、彼らの命を奪おうと肉迫した連中がことごとく返り討ちに遭っているという。久保田の友人も命を落とす結果になった。 「どちらが死んでもつまらねえ話じゃねえか。この男はそう言ったんだ」 いつの間にか、野宮が語り役を奪っていた。 「しかしあんたたちを連れてくるったって、簡単にはいかない。このキャンパスは政府から差し向けられた迷彩服の連中に四六時中ガードされている。映画みたいに外と内をつなぐ隠し通路があったりしないし、宅配の人間に化けて潜入するなんて作戦はかえって命取りだ。だから俺はストレートな方法を提案した」 「ストレートな……」と萠黄。 「そうだ。たまたま連中のヘッドがここに来ていたんだ。そいつに直接掛け合った。すると意外なことに、そいつはリアル受け入れにあっさりOKを出しやがった。それはもう拍子抜けするくらいにな。 あの迷彩服の連中。正式な名称は忘れたが、奴らのリアルに対する敵愾心というのは、それはもう半端なものじゃない。隊員の募集時からひたすら『リアルを殺せ』を合言葉にここまでやってきた連中だ。リアル殺害の使命は、頭の中に刷り込まれていると言っていい」 萠黄はキャンパスに入った時に見た、迷彩服たちの噛みつきそうな眼光を思い出した。 「とにかく君たちを表から正式に迎え入れることを了承させた。冷や汗はかいたが、立場としては私のほうが奴より上なんでな。 部隊にはヘッドから直接その旨が通達された。ヘッドはカリスマ色の強い男で、一応は軍の形式を持つ奴らにとってヘッドの命令は絶対だ。表立って不満の声は出なかったが、心中はどいつも穏やかじゃなかったろう。そこら辺の心配があったので和久井君に迎えに行かせたのだが」 「俺が行くといったんだけど、ヘッドってのが石頭でな。全然聞き入れちゃあくれなかった」 久保田が残念そうに手の平に拳を打ち付ける。 「──石頭ってオレのことか?」 ふいに背後で人の気配がした。 その声に悪意以上のものを感じ、萠黄は戦慄した。 |
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