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-150- 第11章 激震 (3) |
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なおも規則がどうのと言い募る副長を無視して、野宮は自ら重たい門にその両手をかけた。 副長は取り乱した口調で、おいレーザーを切れと守衛所の部下に叫んだ。部下は返事もそこそこに壁のレバーへと駆け寄る。 大学の周囲には至るところにレーザー防御装置が設置されているが、防御と言いつつ、じつは熱線を発射する代物である。何も知らずに出入りしようものなら、鳥でも猫でも黒焦げになってあの世行きだ。 いま野宮はVIPと称すべき人材である。迷彩服たちが慌てふためくのも無理はなかった。野宮はそれを知っていて強引に門を開いたのだ。 (目の前で熊が蜂の巣になるのは見たくないからな) 開いた門の向こうで、熊男は満面の笑みを浮かべて立っていた。野宮は入ってこいと首で促した。 「待て」顔を潰された副長が野宮に迫る。「コイツが口にしたことは本当ですか?」 「あん? 何だっけ」 「教授が倒れたとか」 野宮は面倒くさそうに熊男を振り返ると、顔を前に戻し、 「知らん。昨夜、最後に会った時はお元気だった」 「や、やはり」副長はなすびのような顔を紅潮させると、熊男の腕をがしっと掴んだ。「この野郎、でまかせで言い逃れられると──」 その時である。エネ研のエントランスから、おかっぱ頭の女性が飛び出してきた。彼女は通用門に野宮を発見すると、血相を変えてスロープを駆け下りて来た。 「野宮先生! 筵潟先生が大変ですー!」 野宮も副長も、ぎょっとなった。 「大変って、どういうことだ?」 「お部屋で倒れたと連絡が──」 野宮はすでに駆け出していた。が、背後の問題を思い出し、 「おい熊男、付いてこい。それから副長、あんたも来てくれ」 熊男は放せとばかり副長の手を振りほどくと、野宮に従って大股で走り出した。副長も勝手にさせるかと、ふたりの後を追う。 熊男はすぐ野宮に追いついた。でっぷりと肉の付いた野宮の駆け足は至ってノロい。 「おいクマ! お前どうして教授の具合が悪いのを知った?」 「今朝方、教授を訪ねてご自宅に寄ったんですよ。そしたら奥さんしかおられませんでした。するとそこに教授自身の電話がありましてね。苦しい、苦しいって」 もっともらしい話だが、野宮にはにわかに信じられない。 「教授はゲストハウスのほうですね?」と熊男。 「コラ、俺より先に行くな。だいたい久保田なんて名前、卒業生名簿に載っとらんぞ!」 「俺は中途退学なんですって!」 筵潟教授は、床の上に仰向けに倒れていた。久保田の言葉は嘘ではなかった。 「先生、しっかり!」 野宮は久保田の手を借りて、教授をベッドの上に寝かせた。怪我の有無を一番先に確かめたが、どうやらそれはないようだ。 「先生!」「先生!」 ふたりの呼ぶ声に筵潟教授はうっすらと目を開けた。その細い手が宙に伸びる。 還暦を迎えたばかりの教授は、もう一回り上に見えるほど、外見は年寄り然としている。百六十センチに満たない身体は松の古木を連想させ、少なくなった白髪や白い髭、皺だらけの顔の細い目などの印象も手伝い、どこか木彫りの仏像を連想させた。 「お前は確か……」教授の手が伸びた先に、自称退学生の顔があった。「久……久保田だったな?」 「覚えていてくださいましたか!」 久保田は泣きそうな声で答えながら、その細い腕をしっかと掴んだ。 その巨体を押しのけて、野宮が教授の顔を覗き込む。 「先生、お加減は?」 「ん〜、大丈夫大丈夫」教授は細い目をさらに細くして微笑んだ。「ただの貧血だ。あわてて家内に電話してもうたが、大したことはない」 ホッと野宮は安堵の息をついた。筵潟教授はこう見えても日本の宇宙物理学界の重鎮であり、進行中のプロジェクトのリーダーである。病に伏せられては一大事だ。 「そんなことより、そのむさ苦しい顔をどけい」 野宮は肩をすくめると、背後から覗き込んでいた副長に、もう大丈夫だと告げた。副長は職務を果たしたという顔付きで出て行った。 部屋の入口が閉まると、筵潟教授はベッドの上にガバッと起き上がった。さらに野宮が唖然としたことには、声高らかに笑い出したではないか。 「先生?」 「愉快、愉快」教授は膝を叩きながら「野宮よ、すべてはこの久保田を構内に引き入れるための策略だ。悪く思うなよ」 「策略ですって?」 教授は再びベッドに横たわり、枕に頭を落とした。 「詳しいことはそいつから聞け。私はもう一眠りする。すぐにトコトコ歩いて行っては、仮病だったとバレてしまうからな。かっかっかっ」 教授は黄門様のような笑い声を上げた。 「……外に聞こえますよ」 野宮がむくれた声でたしなめた。 |
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