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-149- 第11章 激震 (2) |
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「──話の判らん奴らだな! 俺はただ母校が恋しくてやってきただけなんだ。そんな愛校心豊かな卒業生の純情を踏みにじるな。さっさとここを開けろ!」 遠目には檻の中の熊が吠えているようにしか見えないが、どうやられっきとした人間らしい。 (卒業生だと?) 野宮は白衣を風になびかせながら、通用門への道を降りて行く。 熊男と重厚な門扉をはさんで対峙しているのは、十人ほどの迷彩服である。一様に銃器を胸の高さに掲げ、散開して威嚇発砲の体勢をとっている。 「何人たりとも入校することを禁止している。早々に立ち去りなさい」 ひとりの迷彩服が口癖になっているセリフを暗唱した。 熊男はむっと眉を寄せ、ガシガシと門扉を揺すった。 「そんなこたあ一目見りゃ判る! 一般人立ち入り禁止の文字も読める! 俺はただ筵潟教授の顔を一目見たいだけなんだ!」 (むう、ウチのオヤジさんを?) 「教授が学内で倒れたと聞いた! だから俺は教え子として居ても立ってもいられず、こうやってすっ飛んできたんだよ!」 突然、熊男はスッと腰を屈めた。迷彩服たちに緊張が走る。 「とりゃっ!」 熊が飛んだ! 野宮は面食らって空を見上げた。 しかし熊男は単に門扉の上部に両手で掴まったに過ぎなかった。門扉は高さだけでも大人の背丈の優に二倍はある。どうやら是が非でも侵入するつもりらしい。 「コラッ、降りなさい!」 場のリーダーらしき迷彩服があわてて前に出た。まさかこれだけの銃口を前にして強行突破を試みるとは思ってもいなかったのだろう。 熊男は門扉にぶら下がったまま、再度吠えた。 「センセー、筵潟センセー! あなたの愛弟子、久保田陽平ですー」 (久保田? クボタ、クボタ……) 野宮は頭の中で卒業生名簿を繰った。そんな名前があったような、なかったような。 その時、熊男は太い腕の筋力にものを言わせ、上半身を門扉の上に持ち上げた。 (バカか? 死ぬぞ!) 案の定、ひとりの迷彩服が撃つ構えを見せた。 「副長、コイツはきっとリアルです。伊里江の命令でココを爆破しに来たんだ!」 「ナニッ?」 幾分おっちょこちょいの気のある副長は部下の言葉にまなじりを上げた。他の連中も付和雷同して銃を熊男に向ける。 野宮は急いで周囲を見回した。 手入れを忘れられた植栽の下には砂利が巻き散らしてある。野宮は適当な砂利石をつかみ上げると、身体を右に向けて両足を揃えた。 ふいに喚声が四方から押し寄せて来た。二十年前、甲子園出場を賭けた地区予選の決勝戦が眼前によみがえる。 フル出場で投げ続けていたエースが打たれ、一方的に大差のつけられたゲームの勝敗は既に決していた。 あとひとり。満塁で迎えた最終回のツーアウトでマウンドに立った野宮は、この日八打点の四番打者を三球三振に打ち取った。 それまでの鬱憤を晴らす機会を作ってくれた野宮に、観客は惜しみない拍手と賞賛の声を送り続けた。 (俺の人生最高の瞬間──) セットポジションに入った野宮は、硬球に見立てた砂利石を渾身の力を込めて投げた。 石は迷彩服たちの頭上を越え、狙いどおり熊男がその重い体重を支える両手の隙間に当たった。ガーンという派手な金属音が反響し、辺りの空気を震わせた。 「うわっ」 熊男は腹と耳に衝撃を受け、たまらず手を放すと地上に尻から落下した。 迷彩服たちは突然の音の原因が判らず右往左往した。きょろきょろと顔をめぐらせると、 「あっ」 近づいてくる野宮にようやく気がついたらしい。何人かが顔をしかめる。 「あんたらに言っておく。その熊さんはリアルなどではないぞ」 「な、なんで判る?」 副長が精一杯の虚勢を張る。石の音にビビって首をすくめていたくせに。 「そいつの耳を見てみろ」 野宮は指さした。 熊男は地面に尻をついたまま、タオルを巻いた頭をこちらに向けた。 彼の右側の耳はおよそ半分がなかった。耳たぶはいびつなシルエットを縁取っており、その傷ができてまだ新しいことを物語っていた。 全員が注目したのはその傷口だ。砂が押し固まったような具合でちぎれた箇所を覆っている。 それがヴァーチャル特有の傷跡であることは迷彩服の誰もが体験で知っていた。大きな損傷は身体を丸ごと砂に変えてしまうが、ある程度小さな傷だと砂状化はわずかな進行でストップする。野宮はそれを気づかせたかったのだ。 彼はどけどけと銃器を払いながら前に進むと、拳を作って門扉をゴンゴンと叩いた。 「ここを開けてくれ。卒業生を丁重に迎え入れたい」 |
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