萠黄は両足を揃えたまま、まるで仏像が押し倒されるように背中からカーペットの上に倒れていった。
衝撃は大したものではなかった。
萠黄の手足といわず、胸や腹や首筋といわず、頭も顔までも、すべてが火照っている。風邪をひいたときの火照りかたとはまったく違う。宇宙服を着ているような温かさと表現すれば近いだろうか。実際に着たことはないけれど。
倒れた際に机の角で頭を打ったらしいが、かすかにチクッと痛みが走っただけで、尾を引くことなく、痛みは遠のいていった。
(これがリアルの防衛本能???)
おそらくそうなのだろう。萠黄はいま身をもってそれを体験しているのだ。
(けど動きづらい)
起き上がろうと肘をカーペットの上に突っ張ってみた。ところが身体を包む見えない防護服のようなものが、逆に動きを阻害しているのだ。
「死ねェーっ」
女の声が叫んだ。
ハッと正面を見上げた萠黄とサキの視線がぶつかった。
パンッ。
発射音。続いてみぞおちにボーリングのボールを落としたような鈍く重い圧力。あの時、伊里江に撃たれた時とまったく同じだ。
萠黄は呼吸できず、のたうち回った。銃弾は跳ね返せたようだが、受けた衝撃を耐えるのは、涙を流すほどつらい。
萠黄の腹の上から銃弾が転がり落ちた。サキは呆然とカーペットの上の銃弾と狙った萠黄の腹を見比べていた。
(やはり、リアルは化け物か。ならば!)
サキは羽織っていたジャケットをバッと脱ぎ捨て、ベルトで背中にまわしていたマシンガンを手に取った。
「弾の大きさも威力も比較にならん! これでお終いにしてやる!」
銃など効かないと知って攻撃をやめてくれれば。そう考えた萠黄は、自分の甘さを思い知らされた。
相手が構えたマシンガンは、見ただけで卒倒モノである。あんなもので撃たれたら──
(耐えられる自信、ない)
しかも萠黄は気づいていた。身体をやわらかく包んでいた防護服のようなものが消え始めていることを。
(むん、わたし、ここまでみたい)
サキが引き金にかけた指を動かそうとした。
(ああ……)
まさにその瞬間だった。思いがけない声が萠黄を驚かせた。いや声というより、咆哮といったほうがいい。
《ガオーンッ、グアオーーーンッ》
モジの雄叫びだ。萠黄のPAIであるモジが、ポケットのなかの携帯電話から飛び出してきたのである。それも通常の規格にはない大きさに投影されて。
ギドラの仕業に違いない。おそらくギドラが携帯のプログラムを書き換えることで違法改造したのだ。
モジは実体のない3D映像である。だが思いがけない局面での登場に、サキは照準から顔を離して、呆然と怪獣の動きに目を奪われた。
だがそれも束の間、「ケッ、PAIかよ」と吐き捨てるように言うと、すばやくマシンガンを構え直した。
「ゴジラといっしょに往生しな!」
久保田も助けにこない。PAIでは盾にもなってくれない。萠黄はついに観念して目を閉じた。
すると、
《目を見開くんだ! ちゃんと銃弾を見てなきゃ!》
それはギドラのささやきだった。
(えっ? 目を?)
言われるままに瞼を開くのと、連射された銃弾が霰のように降り注ぐのとが同時だった。
《食ーーーーーてーーーまーーーうーーーぞーーー》
モジの声が間延びして聞こえてくる。
何発もの銃弾が、蛍光灯の明かりをにじませながら、ゆっくりと萠黄に接近してきた。
(また時間がスローになっとる)
今はそれが萠黄自身が引き起こした現象であると彼女にも判っている。彼女の六感が、脳が、高速度で情報を処理しているのだ。
(逃げやな! でもどこへ?)
サキはマシンガンを振り回すように撃ちまくった。銃弾は萠黄の周辺に広く着弾しようとしている。これでは逃げるところなどない。
“銃弾を見ろ”
ギドラはそう言った。
(そうか、銃弾に全神経を集中させることで、時間をコントロールできたんや)
萠黄は、逃げる考えを捨てた。そして身体に当たるおそれのある弾の個数を数え始めた。
(……五、六、七発!)
萠黄は七つの弾が当たるであろう身体の部位に、残り少ない防護服のエネルギーが集まるよう、心を集中させた。どうすればそんなことができるのか、皆目判らないが、ただ頭のなかでそうなるよう念じ続けた。
(跳ね返せ、跳ね返せ、跳ね返せ……)
すると、奇怪な現象が起こった。
萠黄と銃弾のあいだのわずかな空間が、赤く染まり始めたのである。
これは一体、と不思議がっている猶予はなかった。萠黄はただ一心不乱にその部分に視線を注ぐ。
空間の赤味は急速にその濃さを増していった。迫る銃弾との距離に反比例していることは疑う余地がない。
茶色になると、さらには金色に輝き始めた。
(当たるーーー!!)
ここまでか、と眩しさに目を閉じようとした時、何百枚ものガラスが一度に割れるような音が部屋じゅうに鳴り響いた。
何が起こったのか、サキは理解できなかった。
ただ、彼女の身体を貫いた七つの弾痕から、真っ赤な鮮血がほとばしり出ていることだけは、瞬時に把握した。 |