Jamais Vu
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反撃
(10)

 残る二人の従業員を榛原と天理で降ろしたライトバンは、次の目的地である奈良市西部に向けて、スピードを加速させた。
 ハンドルを握る久保田は、萠黄の寄り道のお願いを快く聞いてくれた。
 真夜中の奈良は別の国のようだった。国道二十四号線は県内でも数少ない幹線道路のひとつだ。にもかかわらずすれ違う車の少なさには驚かされる。明かりの灯る人家もいつもより極端に少ない。
 国道を外れてとある家の軒先を通った時、黒い服を着た人々が集まっているのが見えた。お通夜を営んでいるらしい。ひっそりと。
 その後も何軒かの家の前で同じ光景を見た。きっと砂になってしまった家人か親戚を弔っているのだろう。萠黄は集っている人々の顔に浮かぶ悲しみとも恐怖とも憤りともつかない、それでいてどこかあきらめを含んだ表情に、胸を締めつけられる思いがした。

 乗客が減ったため、萠黄とむんはミドルシードに移った。伊里江はリアシートで相変わらず背中を丸めたまま、パソコン画面から目を離さない。
 伊里江は今、彼のヴァーチャルが残したさまざまな分析結果を検討していた。ヴァーチャル伊里江が亡くなる前に転送してくれたデータは膨大なもので、そこからさまざまな仮説が提案され得ると伊里江は言う。
 彼はそのひとつを口にした。
「……淡路島に渡る直前に地震がありましたよね。あれはひょっとすると、リアルが原因かもしれないと彼は書き残しています」
「まさか──」
「……地震の発生状況がかなり不自然だったそうです。計測した機関のサーバには、研究者たちの『あんな場所であんな地震が起きるとは』と首を傾げるコメントが多数あったということです」
「──怖い」
「……ええ。しかし怖いついでに言ってしまうと、地震の元凶──もとい、引き金になったのは萠黄さんではないかと私は推測しています」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでわたしが!? 貧乏ゆすりの癖すらないのに」
 萠黄は背もたれにアゴを乗せて猛然と抗議した。
「……いえ、その、あくまで仮説なんですから」
「仮説やったら何言うても許されるん?」
「……でも……でも地震の前まで青い顔をしていた萠黄さんが、あれ以後、妙に血色がよくなりましたよ」
 萠黄は絶句した。さらに横からむんが、
「わたしもそれは感じてた。あぁ、元気になったんやなぁーって。でも」伊里江を見て「もうちょっと言い方があるんやないですか? これじゃ萠黄がかわいそうやないの」
 責められて伊里江はますます背中を丸めた。どちらが年上だか判らない。
 萠黄は萠黄でショックだったのは自分が震源地だったことよりも、顔色の変化を男性に観察されていたということだった。
(恥ズカシイ──)
 萠黄は背もたれに顔を埋めた。
 久保田の鼻歌も途切れ、しばらく車の走行音だけがBGMのように流れていた。
「……それでも」おずおずと上目遣いに顔を上げた伊里江は続ける。「仮説をいったん認めることで、新たな展望が開ける可能性があるのです」
「どういうことよ、テンボーって。判りやすく言いなさいよ」
 むんは鼻息も荒く問いつめる。
「……つまりですね」
 伊里江はリュックパソコンをキー操作した。彼に促されて、むんは自分の膝の上の画面を見る。萠黄も覗き込んだ。
 接続ケーブルを通じて送られてきた画像は日本地図だ。ところどころ、ゴマのようにドットの粒が振りかかっている。
「……鏡像世界誕生以後に発生した地震です。併記されている数字は震度を表しています。どれも小規模ですが、発生回数は計七回。そのひとつは神戸ですが、これに先ほどSS広告から返ってきた──えーっと、木篇(きへん)に冬と書いて何と読むのですか?」
「ひいらぎ」むんが答えた。
「……その柊氏のアクセス場所を重ねてみると──」
 伊里江が作った広告は、アクセスした相手の居場所も回答の内容も、第三者には知られないようスクランブルがかけられている。だがそこはちゃんとしたもの、伊里江には判るようになっているのだ。
「……いかがでしょう。今朝早くに起きた地震と合致します」
 柊拓巳(たくみ)。まだ見ぬリアル候補者がいるのは岡山県だった。アクセス記録にも tsuyama の地名がはさまっている。そして岡山の中央やや左寄り、津山市の辺りに地震があったことを示すゴマが集中していた。
「……どうです。リアル探しのヒントになるでしょう」
 打って変わって、伊里江は得意げな笑みを浮かべた。さすがに萠黄もうなずくしかない。
「お嬢さんがた。この近くじゃないかい?」
 久保田が声をかけてきた。
 ライトバンは萠黄の家に近づきつつあった。
 だが予期したとおり、そこには敵の目が光っていた。



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