「……ネット広告ですか」
さすがの伊里江も意外そうな面持ちでうなり声を上げた。
むんはむんで、萠黄の大胆な提案に大いに興味をそそられたらしく、
「広告を出すといってもいろんな方法があると思うけど、具体的にどうやるの?」
萠黄はきょろきょろと部屋の中を見回した。最近のホテルではインターネットに接続しているパソコンが常備されているが、残念ながらこの部屋には見当たらない。
「SS広告って聞いたことある?」
「SS広告?」
「スクリーンセーバーで広告を見せるという──」
「ハイハイ、話だけは知ってる。ディスプレイの焼き付き防止やらパソコンを離れてる時に他の人に触られたりせえへんように、画面が暗くなったりアニメーションが動いたりするヤツでしょ」
「それはあくまでスクリーンセーバー。SS広告っていうのは、一定時間が経ってスクリーンセーバーが起動したとき、画面に広告が現れるというモンやねん。あらかじめ設定しといたら、ユーザーの好みに合わせた広告が表示されるし、スポンサーからは映ってた分だけキャッシュバックされるという、ちょっとお得なお話で。……なんか、わたしが営業してるみたい」
「……実物を見せましょう」
そう言うと、伊里江は部屋の隅に放り出してあったリュックに手を伸ばし、いつものように裏返してパソコン仕様に仕立て直した。
リュックパソコンはシューんというかすかな起動音と共に立ち上がり、味も素っ気もないデスクトップが表示された。伊里江は画面脇のポケットからマウス代わりのコントローラを取り出し、すばやくスクリーンセーバーを動作させた。
「ははーん、これがSS広告かぁ」
画面中央にひとりの男性がギターをかき鳴らしながら登場した。萠黄もよく知っているその男性は、米国大手ソフトウェア会社であるM社のミハシ社長だ。彼はギター一本で社歌を歌いながら、リリースされたばかりの楽器搭載型ウィンドウズを自らアピールしていた。
「こんなふうにCMなんかを流してたら、お金が戻ってくる仕組みなんやね」と感心するむん。
「じっさいはその月のネット使用料から差し引く形になるんやけど」
ミハシ社長の演奏が終わったところで伊里江がコントローラを動かすと、画面は元の味気ないデスクトップに戻った。
むんは何度も頷きながら髪をかきあげると、
「今やパソコンは一人一台を超えて、自動車やら楽器やら、最近では建物の各フロアにも置いてあるし、街角にも設置してあるところが増えたもんね。きっと宣伝効果は大きいんやろなぁ」
「だからこそなんよ」萠黄は勢いづいて説明した。「SS広告にメッセージを出せば、国民の半数の目には触れるはず。その上で向こうから連絡しやすいように工夫を凝らせば……どうかなあ、この案」
「……早速、広告管理会社のサーバをハッキングしてみましょう」
伊里江はキーボードに両手を乗せると、目にもとまらぬ速さでキーを打ち始めた。
「待ってよ」むんが伊里江のひじをつかんだ。「広告を見て反応した相手が正真正銘のリアルとは限らないんと違う? 愉快犯が混じってるってことも考えられるし」
「それについては、二段構えで行こうと思うの」
萠黄が自信満々で答えた。
「二段?」
「まあ見てて」
三十分後、ああでもないこうでもないと議論を重ねた三人は、ようやくできたばかりの広告動画を広告会社のサーバにアップロードした。もちろん無断である。しかも優先順位(プライオリティ)を最上位に設定したため、配信頻度はかなり高くなるはずである。
伊里江はパソコン画面を萠黄とむんに向けると、そのまま待つように言った。実際に一般の人が見るのと同じ状況で様子を見ようというのだ。
三人がじっと座って無言で待っていると、パソコンは自動的にスクリーンセーバーモードに切り替わり、広告のダウンロードが始まった。
最初に現れたのは、山寺総理による国民に向けたメッセージCMだった。「あと十日お待ちください」という政府の公報。これはしかたがないだろう。
次に現れたのは、再びM社のCM。ミハシ社長は海を見ながら、くつろいだ格好でコーヒーを飲んでいる。M社が日本でも多数の店舗を持つコーヒー会社を傘下に収めたのは先週のことだ。
「あ、出た!」
三本目にして、萠黄たちの作ったCMがようやく登場した。三人は互いに正座の膝をくっつけるように机の前に並び、自分たちが生まれて始めて作ったCMを、固唾を飲んで見守った。 |