「……どうやってリアルを一カ所に集めるつもりですか? それにだいいち危険すぎます。集まったところを兄か敵に発見されれば一網打尽ですよ」
伊里江が珍しく気色ばんだ声を発して萠黄に詰め寄った。
「いえ、その──」
言われるとおりだ。萠黄は返す言葉もない。
その時、脇からむんが助け舟を出してくれた。
「萠黄、ひょっとして、いいアイデアがひらめいたとか?」
「うーん、いいかどうかはわからへんねんけど」
「いいやん、聞かせてよ」
むんは微笑みながら顔を寄せた。彼女に押しのけられた伊里江は、正座のままで目を閉じ、考え深げに腕組みした(もともと何を考えているかわかりにくい人だが)。ふたりの間から、疲れた顔の揣摩と柳瀬がこちらを注視している。
──そういえばわたしは昔から人見知りが激しくて、引っ込み思案の子供だった。他人の注目を浴びるなんて耐えられなかったし、そんな中で自分の意見を披露したことなんて皆無に近い。あっても冷や汗がとめどなく流れ出て、何をしゃべっているのかわからなくなるのが関の山だった。
──でもここ数日、頭の中はすこぶる爽快だ。持病の目眩さえ忘れているくらい。今なら大勢の前で話せと言われればできるような気がする。
──この世界では銃弾を跳ね返すような超人になってしまったみたいだけど、持病や弱い性格まで跳ね返したのかなあ……。
「──んとね」萠黄はコホンとわざとらしく咳をし、「あの“大将”と呼ばれてるおじいちゃんを見てたらね、かわいそうになってきたんよ」
「かわいそう?」
「うん、きっとすごく孤独やと思うわ」
「……そうかもね」
「まだ会ったことのないリアルの八人も、おじいちゃんのニュースを見て、みんな思い悩んでるかもしれへん。それやったら全員集合したらええねん。バラバラでいるよりきっと戦力になると思うし、互いに助け合えるんやないかな」
うーんとうなるむん。萠黄はあわてて、
「そら、敵に見つかったら元も子もないのはわかってる。でも一番いい解決方法は、爆弾予備軍のリアルの存在を、この世から消してしまうことでしょ? そやったらみんな集まって、お兄さんの持ってる転送装置で送り返してしもたらええ」
伊里江が目を開いた。
「……あなたがその結論に至ったこと自体、兄の策略の内──かもしれませんよ」
「うん」萠黄はこくりと頷いた。「そうかもしれへん。お兄さんのシナリオに乗せられることになるのかもしれへん。それでもやっぱり、これしかないと思う」
テレビは次のニュースを伝えていた。総理から出された戒厳令は以前続いており、各地では小規模の混乱が起きているが、おおむね国民は穏やかに過ごしているとキャスターは語っていた。
『軽傷でも場合によっては砂状化現象を起こしかねないので、危険な行動はできるだけ避けてください』
そう書かれたテロップが、画面の下をエンドレスで流れている。
キャスターの男性はさらにしゃべり続ける。画面は東京副都心の空撮に切り替わった。
「街を行く人の数は、ふだんの数十分の一です。人々はみな家の中に閉じこもっています。
一見、街は平穏に見えますが、すでにいくつもの問題が発生しています。
最大の問題は、流通機構が全面的にストップしていることです。
旅客機や鉄道、バスは、今朝から軒並み運行を休止しています。これはパイロットや運転手らが出社してこないためですが、同じ理由で食糧などの生活必需品を運ぶことができなくなっています。その結果、地方都市の一部では略奪などの行為が発生し、そのため何人もの人が砂状化し、命を落としています。
厚生労働省は今朝の記者会見で、ワクチンは十日以内に完成し、配布するメドが立ったと発表しました。みなさん、どうか無茶な行動は慎しみ、ワクチンの完成を待ちましょう。私からもお願い致します」
キャスターは切実な口調で頭を下げ、番組を締めくくった。──彼にも親兄弟や家族はあるだろう。それなのにこうしてテレビカメラの前に座り、報道に命を張っている。自分の行為が世の中にわずかでも貢献することを信じて。
「笑わせるじゃないか。十日後には完成だって? じゃあ十一日経ったら、みんなお手てつないでワクチンをもらいに行こうじゃないか。なあ」
揣摩はカカカと笑い、タバコを取り出して火をつけた。
伊里江はそんな揣摩を横目で睨むと、潮時とばかりに腰を上げた。
「……萠黄さん、あちらの部屋に戻りましょう」
「──うん」
「……そしてあなたの言うとおり、リアルたちを集めましょう。愚かな兄の野望をくじくため」
「いよいよ、反撃開始やね」
むんがにやりと笑った。
ふすまを閉めて元の座敷に戻った萠黄は、ふたりを前に、早速自分の腹案を披露した。
「わたし、広告を出そうと思うねん。インターネットの広告を使って。リアルは今すぐ集まれー、って」
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