揣摩の言葉が終わらないうちに、萠黄とむんは隣室に駆け込んでいた。
隣室は六畳の広さで、座椅子に腰掛けた揣摩と、気遣わしげに彼の横に侍っている柳瀬は、することもなく部屋の隅に置かれたテレビを見ていたらしい。
そのテレビに新たなリアルが映っている?
また、ハモリ氏のような芸能人?
テレビの前に滑り込んだ萠黄とむんは、まばたきも忘れて画面に食い入った。
今では珍しくなくなった五十インチの大型液晶デジタルハイビジョンテレビの画面に映っているのは、どこかの町の大通りだった。
テレビカメラはその通りを手前から捉えていて、奥から何十人もの人間が行進してくる様子が幅広の画面いっぱいに映し出されていた。画面隅に「東京都渋谷区 いま」とテロップが出ている。
「これは何ていう番組?」とむん。
「ニュースだよ」
言われて気づいたが、たしかにニュースキャスターの声が画面にかぶさっている。
《昨日始まったばかりの行進は、今日の午前中には五百人に膨れ上がり、勢いはとどまるところを知りません。彼らは口々に「侵略を許すな」「我が国を守れ」などと連呼していますが、具体的な要求があるようにも見受けられません。ただハッキリしているのは、この行進はひとりの老人が先導しているらしいということだけです》
「この人のことかな」
むんが行進の先頭を風を切って歩くひとりの人間を指さした。
老人は明らかに“浮いて”いた。なぜなら彼の服装がどうやら軍服らしいからだ。平たい帽子をかぶり、長靴を履き、全身を包んでいるのは、かなり古い時代の軍服と思われる。
印象的な口ひげをたくわえた顔は、高齢であることを伺わせるが、それでも背筋はしゃんとしており、毅然とした歩き姿は神々しくさえあった。
一息ついたニュースキャスターが再びしゃべり始めた。
《今朝ほど老人への単独インタビューに成功したレポーターによりますと、彼は周囲の若者たちから“大将”と呼ばれているようで、どうやら日露戦争の英雄、乃木希典の生まれ変わりと信じられているようです。
“大将”が語るには、別段彼が行進を煽動したのではなく、人々が教えを乞いたいと勝手についてきたのだということです》
群衆が老人を崇めるようにひたすらついていく。
「……このおじいさんがリアルなの?」と萠黄。
「まあ、もう少し聞いてなって」と揣摩。
カメラが“大将”の横顔を映した。逆八の字の眉が、頑固、厳格といった雰囲気を醸し出している。
《問題は“大将”がすでに十人以上の通行人を殺傷しているという事実です。
“大将”は行く先々で駐車違反のドライバーや信号無視の歩行者など不道徳と見られる人間に対して、持っていたサーベルで斬りつけたとされています。
犠牲者の中には暴力団幹部もおり、昨夜“大将”を狙って、組員らによる報復攻撃がありました。ところがおびただしい銃弾を浴びたはずの“大将”はまったくの無傷で、逆に組員らが返り討ちに遭う結果になりました。この様子は生中継の中で起こった事態でしたので、多くの視聴者の方々がご覧になったかと思います。
“大将”は自らの行動について「彼らに正しき道を示したい」と言葉少なに語っただけでした。ただ「右と左が逆転した」など意味不明な言葉も多いため、“大将”に任意同行を求めたい警察当局は、精神鑑定の必要もあるとの見解を示しています》
画面が切り替わり、夜の町を映し出した。「昨夜」とテロップが出る。公園の外灯の下に居並ぶ若者たちを前にして“大将”は訓示でもしているのだろう。
突然、顔を上げた“大将”に激しい銃弾が雨あられと撃ち込まれた。“大将”の身体はよじれるように後ろの壁に叩きつけられ、そのまま地面に崩れ落ちた。
ところが驚いたことにわずか数秒後、むっくりと起き上がった“大将”は、腰の佩刀(はいとう)を抜き放つと、老人とは思えない素早い動作で狙撃手に駆け寄り──。
映像はそこで途切れた。この先は茶の間にふさわしくないとテレビ局が判断したのだ。映像の最後で、拳銃を構えたまま驚きに目を剥いた組員の顔が印象的だった。
「……なるほど、リアルのようですね」
いつの間にか部屋に入ってきた伊里江が言った。
「このおじいちゃんが四人目というわけね。でもこんなに派手に報道されたら、迷彩服も、あの米軍かて放ってはおかへんやろうに」
むんがつぶやいた。
「ねえ」
萠黄はおずおずと振り向くと、視線を畳に落とした。
「ん?」
「このおじいちゃん、呼ぼうよ」
「呼ぶ!?」
「そう、おじいちゃんだけやなくて、リアル全員に集合をかけるねん。エリーさんのお兄さんが集めるよりも先に」
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