これまでの経験で「何が?」と能天気に問い返すのが愚かなことを知っている。ふたりは言われたとおり、即座に手足を把手にからめて不測の事態に備えた。
ドドーンッ。
その音は恐るべき速さで彼女らの横を駆け抜け、続いて巨大な波動が探査船に襲いかかった。
声を出す暇もなかった。
探査船は台風に翻弄される木の葉のようにくるくると舞い、制御を失ったまま海流に押し流されていった。
空気の球は激しい変形を伴いながらも、どうにか探査船の船尾を離れなかった。萠黄は振り落とされないよう、必死にかじりについていた。
続いてやってきたのは石つぶての雨だった。ほとんどは小石程度だったが、なかにはボーリングのボールほどのものもあり、次々に着水すると探査船の鋼板を叩き、萠黄たちの身体をかすめ、彼女らの肝を冷やした。
しかしこれらの異変は始まった時と同様、突然終わった。
数分後、探査船は海面に浮上した。シャボン玉のなかの酸素が限界に近かったので、心地よい潮風を浴びた時、萠黄は雄叫びを上げずにはいられなかった。
「ぷわーっ、生き返るーーー」
じっさい彼女はくたくたに疲れていた。
「あれ見て! 島が」
むんが悲鳴に萠黄が振り向くと、もうかなりの距離が離れていたにもかかわらず、島の方向はすぐに判った。
なぜなら島は噴火のような黒煙をたなびかせていたからだった。
「……研究所に仕掛けておいた爆弾です。もし私たち兄弟が追っ手に発見された時、重要なデータが敵の手に渡ることのないよう準備しておいた自爆装置です」
伊里江は息も絶え絶えに語る。
「でも、あそこにはエリーさんの──」
「……ええ、彼がスイッチを押したのです。どうせ彼は瀕死の重傷を負っていたので助かる見込みはありませんでした。彼とは、すべてのデータを転送した後で爆破するよう、私と約束していたのです」
「そんなアホな」
「……おかげで私たちを目撃した米兵たちは吹っ飛んだでしょうし、上空を飛んでる連中もしばらくは島から動けないはずです。さあ、今のうちにできるだけ遠くへ逃げましょう」
また爆発音が轟いた。海沿いの崖が崩れ落ち、島の輪郭がみるみる変形していく。島全体に広がった火の手は、どん欲な怪物のように、残った木々を次々と飲み込んでいった。
「……逆の立場で、私がヴァーチャルだったとしても、同じ決断をしました。何より彼は私自身であり、私は彼自身だったのですからね」
萠黄には返す言葉もない。
「……兄は私が彼の意見を受け入れず、元の世界に戻らなかった場合、私を見殺しにするつもりだったのです。現に私の分身は、兄が迷彩服たちにリークした情報を嗅ぎ付けた米軍の手によって殺されました。いわば私は兄に殺されたも同然。これからの戦いは、私による私のための弔い合戦です。そのためには、分身が収集し整理してくれたデータが強い武器になってくれるでしょう」
彼のリュックパソコンは海水に濡れないよう、萠黄たちのリュックといっしょに探査船のなかにある。
三人は島に別れの一瞥を送った。
探査船は自動操縦を切り、浮上モードで進み続けた。
米軍は追ってこなかった。味方の救助活動か、データ収集にでも奔走しているのだろうか。
探査船は太陽に向かって快走を続ける。すぐ左に大きな島がある。伊里江によれば「地ノ島」だという。
島を横目に通過すると、待望の陸地は間近だった。
この辺りは和歌山市北部に位置し、海岸近くまで山がせり出している。伊里江は船首を南に向けさせた。萠黄の頭の中の地図とは左右逆なので、彼女は地理を理解するのに苦労した。
城ヶ崎の突端を迂回すると、船は加太湾へと静かに進入していく。
萠黄は決意も新たに、近づく浜辺を見つめていた。
(とにかく伊里江真佐吉の野望を打ち砕くしかない。不安ばっかりやけど、怖がっててもしょうがない。逃亡の旅はここまでや)
|