Jamais Vu
-113-

隠れ家の謎
(13)

「違うよ、あれはアメリカだ」揣摩が手を叩いてはやし立てた。「俺たち、とうとうインターナショナルなお尋ね者になったんだよ、スゴいじゃないか」
「ふざけんといて」
 むんがぴしりとたしなめたが、揣摩はケタケタと笑い続ける。
 誰もが極度の緊張の中にいた。突如あらわれた圧倒的なパワーの前に思考も行動も停止してしまったかのようだった。
 それまで、じわじわと攻めてきていた迷彩服たちが、ミサイルひとつで粉砕された。映像ウィンドウのひとつが、波間に漂う水上スクーターの残骸をズームアップした。立体映像を見ると、赤い光点が一転、島から遠ざかろうとしている。ヘリも姿を消した。同じ敵でもアメリカにとって迷彩服たちは、互いに協調するどころか、邪魔な存在でしかないのだろう。
「……予想もしなかった敵の出現ですが、解析結果が出ました。米海軍の艦上攻撃機に間違いありません」
 リアル伊里江の見つめるディスプレイには、どこかの軍事データベースから引っ張ってきたと思われる一覧表が表示されていた。彼は顔を上げると、
「……北海道消失以後、事の重大さに気づいた海外諸国は、日本だけにまかせておけぬと、独自の調査と行動をとっていたようです。あの攻撃機がその証拠と言えるでしょう」
 映像ウィンドウに映る攻撃機は、朝陽を浴びて鈍い光を放ちながら大きく右へと機体を傾けていた。
「おいおい、アイツ、もう一回攻撃しようってんじゃないだろうな?」
 揣摩が焦りをつのらせた声を上げる。彼の前で別のパソコンを操作していたヴァーチャル伊里江がゆるゆると挙手した。
『……お知らせしたい情報があります』
「な、何だよ」
 全員がヴァーチャル伊里江の唇を見つめた。
『……リアルの私が島を出てからの三日間、私はここにいて、政府や各省庁、各機関、各マスコミのサーバを徹底的にハッキングしました。そこでは平時の数十倍におよぶ情報が行き交っており──』
「時間がないんだ、結論を言えよ!」
 ヴァーチャル伊里江は、この数日行動を共にしたリアルほど、他人との会話に慣れていない。
『……要するに日本列島は現在、アメリカ海軍によって包囲されつつあります。以前から米国は、リアルに関する情報提供を我が国に強く迫っていましたから、いざとなれば単独で行動を起こすつもりだったのでしょう。あの攻撃機は、この南方洋上に停泊する空母から発進したに間違いありません』
「………」
『……さらにアメリカは、我が国に対して最後通牒を突きつけています。数日以内にすべてのリアルを抹殺できない時は、核攻撃も辞さないと』
 部屋は重苦しい沈黙に包まれた。誰もが現実の展開についていけないでいた。
 いみじくも揣摩が言ったとおり、自分たちは、いや自分は世界的なお尋ね者であり、悪名高いテロリストのような国際指名手配という身分に……堕してしまったのだ。萠黄は暗澹たる気持ちになった。
 ヴァーチャルな存在として、造られて間もない人類。彼らに失うものは何もない。鏡像宇宙が生まれる前から、彼らは計画を練っていたのだ。リアルの世界を救うためには、この世界にばらまかれた崩壊の種、すなわちリアルという存在を、どんな犠牲を払っても、抹殺しようと。
 しかし仮にもし最終兵器が──核兵器が使用されたとしたらどうなる? ここにいるむんや揣摩太郎たちの人生はどうなる?
 この鏡像世界に未来はないのか?
 リアルのコピーでしかないこの世界の住民たちに、生きる値打ちはないというのか?
 萠黄はむんの手首を握った。むんの腕は明らかに脈動していた。生命がここにあることを訴えていた。もしも彼女がリアルだったとしても、やはりむんはここにこうしていてくれたはずだ。自分の隣りに。
「……旋回してきます!」
 攻撃機は機首を島に向けると、再び攻撃態勢に入った。
 朝陽をバックに接近する黒い機体は、萠黄に悪魔を連想させた。萠黄は激しい怒りが込み上げてくるのを禁じ得なかった。それはこの世界で母を失った時に感じたものと同じだった。
 しかし、むんは萠黄の肩をつかむと、
「萠黄、何グズグズしてんの! 早く転送装置に入りなさい」
 しかし萠黄はその手を振りほどいた。
「わたし──帰らへん。ここにおって、戦う!」
 萠黄は固い意志をまなざしに込めて親友を見上げた。むんは意表を突かれて言葉を失った。
「……ミサイル第二波、来ます! みんな伏せ──」
 伊里江の言葉が終わらぬうちに、大きな衝撃が部屋を揺るがした。それは第一波の比ではなかった。


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