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-111- 隠れ家の謎 (11) |
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赤い発光点は島を取り囲むように散開し、徐々に半径をせばめつつあった。点の数はおよそ十。 「本当に敵なん?」 むんが息せき切って訊ねると、ヴァーチャル伊里江が別の端末を操作した。すると島の映像の上に、カメラがとらえたと思われる別ウィンドウが開き、水上スクーターが波をけたてて向かってくる様子が映し出された。操縦しているのは、あのいまわしい迷彩服だ。 萠黄は身体から力が抜けていくのを感じた。 (どこまで逃げても追いかけてくるやん。安心できる場所なんてあらへん) その時、廊下を派手な足音が近づいてきた。 「おい、この音は何だよ、うるさくって眠れないだろ」 「揣摩さん!」 「どうしたの舞風さん。その立体映像は? この島? ウワッ、蛍みたいに動いてるのは──」 「敵がまたあらわれてん」 「ううっ、勘弁してくれよー」 揣摩はそう言うと、ダブル伊里江がベッド代わりに使用していた長椅子に倒れ込んだ。 「……ヘリも接近しています」 立体映像に、緑色に輝く点がふたつ加わった。そのうちのひとつが島の上空を縦断し、研究所の上を通過した。さすがにナマ音までは伝わってこないが。 「くっそー、どこで足がついたんだろう?」 揣摩の嘆く声に、むんはハッとなった。 「まさか」強ばった顔を天井に向ける。「まさか、あなたじゃないでしょうね? お兄さん」 〈ははははは。さぁてどうかな。そんなことより早く逃げたほうがいいぞ〉 「誰だ?」 揣摩が周囲を見回したが、みんな空中をにらんだまま答えない。 〈真佐夫。最期にもう一度だけ言おう。元の世界に帰るんだ。私はお前を苦しませたくない。頼むから兄の最後の願いを聞き届けてほしい。いいな?〉 「……兄さん!」 しかしスピーカーはブツッという音を最後に、応答しなくなった。 「兄さんって……あれはエリーの兄貴だったのか?」 「そうよ。──そんなことより、柳瀬さんを起こしてきなさい。急いで逃げないといけないから」 「うん、判った。アイツ一度眠ったら地震だろうが火事だろうが起きないからな」 むんの厳しい声に、揣摩はようやく状況を把握したようだ。ドアを大股で駆け出して行く。 けたたましいブザー音はようやく切られた。しかし、萠黄の心臓はまだ動悸が治まらない。 むんはダブル伊里江に向き直ると、 「脱出する方法はある?」 と訊ねた。 『……あることはあります』 ダブル伊里江は壁際に歩み寄り、机のひとつをふたりで協力して移動させた。その下には、地下に降りる時にくぐった収納扉のようなものがあった。 『……ここから外へ出られます」 「外って?」 『……海底二十メートルの岩棚に、中古の海底探査船が隠してあります。ただ問題がありまして」 「問題?」 『……もともと私たち兄弟の脱出用なので、ふたり乗りなのです』 「………」 四人が呆然としているところへ、柳瀬を連れた揣摩が戻ってきた。柳瀬は大きなあくびをひとつすると、 「ヘリコプターが屋根の上を、ものすごい音を立てて飛んで行きましたよぉ。朝から迷惑ですねぇ」 「さあこれで全員集合だ。で、どこから逃げる?」 緑の光点が高度を下げ始めた。着陸するつもりらしい。赤い光点も海岸に近づきつつある。 むんは両手をテーブルについて、赤と緑の乱舞をじいっと見据えた。その様子はまるで司令官のようだと萠黄は思わずにいられなかった。 「探査船の操縦は、エリーさんやないとアカンわね?」 むんが立体映像から目を逸らさずに訊ねると、 『……いいえ、自動操縦にも切り換えられます。その場合、洲本か和歌山か、海流の都合の良いほうへと連れていってくれます』 明快な答えだった。しかし探査船に乗れない四人は、ここに残ることになる。 「もうひとつ、エリーさん」 「……何でしょう?」 「転送装置の充電はまだ終わらへんの?」 リアル伊里江はすかさず装置のところに飛んで行き、充電状態を示すゲージに目をやった。 「……ちょうど完了したばかりです。すぐ使えますよ」 「そう」 むんはわずかに頷いた。そしてゆっくりと萠黄の顔を振り返り、再び伊里江に視線を戻した。 「この部屋にいるリアルはふたり。どちらが元の世界に戻るのか、ふたりで相談して決めなさい」 |
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