Jamais Vu
-110-

隠れ家の謎
(10)

 リアル伊里江は頭を抱えてうなだれた。ピンセットから落ちた盗聴器は、ヴァーチャル伊里江が手に持ったボールペンの先で潰された。
「ひどすぎる──」
 萠黄は小声でつぶやいたが、マイクの感度が良いのだろう、真佐吉が反応した。

〈そうだな。肉親を盗聴するなど、ほめられたことではない。だがしかたがなかったのだ。『より多くのすぐれた情報を手にした者だけが生き残る』。これは高度に情報化された現代社会の不文律であり、我々はその世界で生きている限り、生き残るため、勝ち残るためには手段を選んでなどいられない。私は弟の身を心の底から案じている。だからこそ心を鬼にして盗聴器を仕掛けた〉

「ウソや。弟さんのピンチに、あなたは何もでけへんかったくせに!」
 むんが声を限りに怒鳴った。

〈まあ、君たちには私の思いなど、到底理解できないだろう。真佐夫が判ってくれればそれでいいのだ〉

(なんちゅー自己中心的で思い込みの激しい人やろ)
 萠黄は怒りに奥歯を噛みしめた。目の前にいたら、思いっきり罵ってやるのに。しかし相手が何を聞いてもどこ吹く風では、どんな効果も期待できないだろう。
 ならば──。
 萠黄はむんの横に並び立った。
「伊里江さんのお兄さん」

〈光嶋さんだね。何か?〉

「あくまでゲームと言い張るおつもりでしたら、わたしたちの分が悪すぎませんか?」
 むんは驚いて萠黄の顔を見た。

〈ふむ〉

「わたしたちが生き延びるために、もう少しヒントをくださってもいいんじゃないでしょうか」

〈なるほど。もっともな申し出だ。君たちの側にも有益な情報を流せと言うのだね。いいだろう。どんな情報がお望みかな?〉

「あなたのアジトの場所です」

〈ほう──知ってどうするね?〉

 萠黄はごくりとつばを飲み込んだ。
「あなたは……爆発力を最大限に高めるため、舞い降りたリアルをすべて一カ所に集めるおつもりだと聞いています。いずれわたしもそこに呼ばれることになるのでしょう。でも、あらかじめ教えていただかないことには不公平です。ゴールを知らないでゲームはできません。ぜひともお願いします」

 萠黄は震える膝が折れないように必死で堪えた。こめかみや脇の下、背中には無数の汗が滴り落ちている。自分はきっと大それたことをしているに違いない、そんな気持ちでいっぱいだった。
 汗が目に入る。それを手の甲で拭うと、呼吸することも忘れて、じっと相手の出方を待った。

〈──いいだろう〉

 真佐吉が重々しい口調で告げた。萠黄は全身の力が抜け、倒れるようにむんに寄りかかった。

〈光嶋さん。君の勇気に免じて教えてあげよう。ただし、その島を無事に脱出できればの話だがな〉

 その時、不吉なブザー音が研究室に鳴り響いた。すると今まで眠っていたすべてのパソコン端末が起動し、モニターというモニターの火が灯った。
「どうしたの、いったい?」
 むんの問いかけに答えず、リアル伊里江は一台の端末にかじり付いた。モニターには地図のようなものが映っており、無数の赤い点が動いている。
「……見てください」
 リアル伊里江が画面のボタンをクリックすると、テーブルの上に島の立体映像が浮かび上がった。それは建物を含む地形を精巧に模していて、海面下の様子まで広い範囲でカバーしていた。
 映像は半透明になっているため、周囲でうごめく赤い発光点が異様に目立っていた。まるで水槽の中の金魚を覗いているようである。発光点はどれも島を目指して泳いでいた。
「……敵です」
 そのひと言は、萠黄の心臓を恐怖で凍らせた。


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