Jamais Vu
-106-

隠れ家の謎
(6)

「アホなこと、言わんといて」
 むんは眉間にしわを作って萠黄を叱った。
「そやかて……」
「あのね」むんはなだめるように優しい声で萠黄の言葉を遮った。「しょうもない心配せんでええの。わたしらにまかせときなさい。きっといい方法を見つけるから」
「……そうです!」
 突然、リアル伊里江は力こぶを作ると、椅子を蹴って立ち上がった。
「……兄を捕まえるんです。彼もこちらの世界に来ているのですから、兄の元にもう一台、転送装置がある勘定になります。となると──」
「倍の七、八人は送り返せるのか」
 揣摩が腕組みしてうなった。
「残りは三人やね。それで被害はどのくらい小さくなるの?」
「……それでもアジア一帯が吹っ飛びます。二人なら日本とその近隣にまでせばまり、一人なら北海道程度の広さで済みます。あらかじめ居場所が特定できれば、避難を呼びかけて、被害を最小限度に食い止めることも可能でしょう」
 むんとリアル伊里江の口から、調子のいい言葉がぽんぽんと飛び出す。萠黄はあっけにとられて、彼らのやりとりに耳を傾けていた。
 口で言うほど簡単でないことは、みんな百も承知だ。お気楽になるには昨日今日とあまりにつらいものを見過ぎた。それでも希望がなければ前に進めないではないか。わたしたちは前に進むしかない。進むしか。
 柳瀬はいつの間にか、部屋の隅で壁にもたれて眠り込んでいた。一日中運転させられたのだ。無理もない。
 むんは立ったまま、ふうと息を吐いた。腰に手をやって一同の顔を眺めた。
「どのお顔もまぶたがくっつきそうやね。ひとまず結論が出たから、明日に備えて寝ましょうか?」
 揣摩がすかさず賛成と手を上げた。
「もう俺、起きてられないよ。なあ、エリー。どこか適当な部屋を貸してくれ」
「……地上の家屋の奥の部屋を使ってください。布団があります」
「あんがと」
 揣摩は「また明日な」と言い残し、柳瀬を引きずるようにして研究室を出て行った。
「わたしたちには、どこを貸してもらえるの?」
 むんが訊ねると、
「……階段下の、私たちの寝室を使ってください。私たちはここにいますので。シャワーが必要なら、キッチンの奥にあります」
「ありがとう」
 そして萠黄を促すと、あくびをしながら研究室を出た。
 寝室にはベッドが二つ、壁に沿うようにL字型に置かれていた。ふたりは交替でシャワーを使うと、さっぱりとした身体でベッドに横たわった。
「むん」萠黄が呼びかけた。「さっきはありがとうね」
「うん」
「わたし、むんがおらんかったら、どうにかなってたと思う」
「お互い様よ。今日はわたしもどうにかなりそうやったからね」
「………」
「結論も強引にまとめたけど、安眠にはちょうど良かったと思うわ。フフ」
 むんは携帯を取り出してPAIを呼び出した。二匹のリスは花火のように元気よく空中に飛び出した。
《むんちゃん、おネムなんだね》
 もんが宙返りをしながら言うと、
《ちゃんとご挨拶なさいよ》
と、みんが横で飛び跳ねている。
「ふたりとも、相手ができなくてごめんね」
《うん、ちょっと残念だけど、忙しそうだもんね》
《ゆっくりおねんねしてね》
「ありがとう。みんももんもおやすみ」
《おやすみー》
《おやすみねー》
 萠黄も携帯を取り出して、画面を覗いてみた。
(ひょーっ)
 画面の中に和室があった。敷き詰められた畳がはるか彼方まで続いており、だだっ広い空間の中央で、二匹のPAIが向かい合って座っていた。もちろんモジとギドラだ。二匹の間には、将棋台が据えてある。モジは盤面をにらみながら何度も「くそ〜」と唱えている。ギドラは視線を上げ、萠黄にピースサインを送ってみせた。
(ホンマに仲良うやってるやん)
 萠黄は安心して携帯を閉じた。
「おやすみ、萠黄ぃ」
 むんの声は、もう半分夢うつつだ。
「おやすみ、むん」

 耳に痛みを感じて、萠黄は目を覚ました。頭上の空調ダクトがひゅるるると音をたて、どこか遠くで換気扇の回転する音が聞こえた。
 ひそひそと伝わってくるのは話し声だろうか。誰が誰に話しているのだろう。携帯の時計は午前四時を少しまわったところだ。床についてから六時間。
 萠黄は耳をすました。話し声がだんだんクリアになってくる。声の調子から伊里江がしゃべっているが判った。ダブル伊里江でプチ会議中なんだろうか。
「……兄さん、やめてください」
 萠黄はガバッと飛び起きた。


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