明石海峡大橋は、ギドラの予想したとおり通行止めになった。それも萠黄たちが橋にさしかかった直後に。
「ヒョーッ、運が良かったな」
揣摩はガッツポーズを作ってみせたが、萠黄は手放しでは喜べなかった。ニュースを聞いたからだ。
今朝からどのテレビ局やラジオ局も放送を見合わせていた。ネットニュースにもほとんど報道らしい報道は見られなかった。
ところがつい先ほど、NHKがテレビ放送を再開した。運転する柳瀬を除く全員が車内テレビにかじりついた。
ニュースは地震についても触れていた。震源は兵庫県南部で、各地の高速道路や瀬戸内海にかかる連絡橋などが点検のため、通行止めになったという。
萠黄が気になったのは次の点だ。各道路の通行の可否を決めるためのネットワークが一時的に混乱したという。そして、それが元どおりになったのは、つい今しがただとテレビレポーターは告げていた。
あまりにもでき過ぎている。
果たして、ギドラがやったことじゃないのか? 自分たちの乗った車が橋を渡るまで、通行止めの決定を遅らせるために。
何にせよ、五人の乗った車は明石海峡大橋を渡り終え、無事、淡路島に上陸した。
ちなみに車は二台目のエスティマだ。
橋に乗り入れる際、ETCの車輛監視カメラや検知器などは避けるわけにいかない。もし最初の車で逃げたことが敵側に知れていた場合、ここに記録を残すことで、発見される恐れがある。
柳瀬はエスティマ一号(と彼は呼んだ)を三宮で返すと、別のレンタカー会社で新たなエスティマ(二号と彼は呼んだ)を借りてきた。今度のは色違いだが、同じ八人乗りだった。
エスティマ二号は、神戸淡路鳴門自動車道を快走し続けた。ここまで来れば先を急ぐのが得策だ。洲本インターを降りると、山に囲まれた洲本市内はすぐだった。
小さな繁華街を抜け、海岸通に出る。そのまま大浜公園に乗り入れ、海水浴場の手前で柳瀬は車を止めた。
陽射しは強いが、空気はなんとなく秋の気配を含んでいた。五人は車を降り、それぞれに背伸びをしたり、深呼吸をしたりした。
「エリー、お前の島はどこにあるんだ?」
揣摩の問いかけに、伊里江は海に向かってやや左寄りに指を突き出した。
「ふーん、見えないな」
「ごくごく小さな島ですから」
「懐かしいか?」
伊里江は目を細めて、砂浜に打ち寄せる波を見た。
「ええ」
「ふだんは馴染みの漁師さんに乗せてってもらうんだったな」
「そうです。ここから少し北にいったところに住んでいます。しかし、できれば彼らを巻き込みたくない」
伊里江は口調に断固たる思いをにじませて言った。敵が追ってきた場合を想定しているのだ。
「ロボットみたいなお前にも、恩義を感じる心はあるらしいな。まあいい、どこかで船を調達してこよう。幸い、柳瀬が船舶免許を持ってるし」
萠黄もむんも目を丸くして柳瀬を見た。
「便利な奴でしょ?」
柳瀬は笑顔でピースサインを返した。
市内から海岸沿いに二キロほど走ったところに、サントピアマリーナというヨットハーバーがあった。夕暮れが近づく頃、五人は柳瀬の借りてきた小型クルーザーに乗り込み、ヨットハーバーを後にした。
萠黄が船に乗るのは生まれて初めてだった。ディーゼルエンジンの音は小気味よく、潮風が肌に心地よい。これが遊びで来たんだったら、非常に心躍る体験だったろうに。
クルーザーの行く手にごつごつとした島が近づいてきた。予想以上に小さい。小学校の敷地ぐらいの大きさだ。
「あれです。東側にまわってください」
伊里江の指示に柳瀬は器用に船を操る。やがて島影にちょっとした入江が出現した。クルーザーはゆっくりとその中に入っていく。
デッキに座っていた萠黄は寒さにブルッと震えた。岩山をくり抜いたような断崖に囲まれた入江。そこには太陽も差さず、暗く湿った空気が重く漂っていた。
エンジンが止まった途端、辺りが急に静かになった。かすかに季節外れのセミの声が聞こえる。
「到着です」
五人は途中で買ってきた厚手の靴に履き替えた。Yシャツにネクタイの柳瀬は上着を羽織り、萠黄たちはTシャツの上に長袖シャツを着た。
「ついてきてください。岩陰に昇れる道があります」
萠黄たちは伊里江を先頭に、狭い山道を登っていった。木々や土のむせ返るようなにおいが鼻をくすぐり、萠黄は何度もくしゃみした。
昇りきったところで平坦な道に出ると、五人は我先に石の上に腰をおろし、息を整えた。
「ここから歩いて五分ほどです。暗くなってきましたから、急ぎましょう」
五人は腰を上げ、再び獣道(けものみち)のような細い道を歩き始めた。そしてほぼ正確に五分後、伊里江の家が彼らの前に現れた。 |