Jamais Vu
-100-

島へ
(12)

「通行禁止? 渡れなくなるってこと?」
《そうだよ》
 キングギドラは長い首をペコリと垂れて頷く。
「ホンマかいな。そんな情報をアンタどこから仕入れてきたんよ?」
《連絡橋公団のサーバを覗いたり、職員の電話のやりとりに耳を傾けたりしてさ》
「盗み聞きやんか」
 萠黄は非難したが、キングギドラは、
《いずれ公表される情報だよ。気にすることないさ》
と平気な顔で言う。もっとも精巧に作られた怪獣の顔からは表情を読み取ることは難しかったが。
「どうしてわたしに教えてくれるん?」
《君の携帯に居候させてもらってるんだ。これくらいしないと罰が当たるよ》
 PAIのくせに、いやに殊勝なことを言う。
「まだしばらくいるつもり?」
《それはまあ、出て行けって言うなら、すぐにでもお暇するけど》
 萠黄はキングギドラの金色に輝く鱗をじっと見つめた。
「……あなたは誰に作られたの?」
《唐突な質問だね。でもその質問には答えられないなあ。生みの親を司直の手にゆだねるわけにはいかないものね》
 もっともだ。コンピュータからコンピュータへ自由に渡り歩くPAIなど許されるものではない。作った者は重罪に問われることになる。
 これまでにそんなPAIなど表向きには存在しなかった。さまざまな理由で技術的に困難だからだ。そのひとつにメモリーの問題がある。
 PAIはひとつのプログラムだ。高度な知能を持てば持つほどプログラムコードは巨大になる。テラバイトのメモリーを持つ昨今の携帯電話でもってしても、なかなか「狭苦しい」のだ。
 高い知能にこだわらなければ、むんの携帯にしたように、複数のPAIを同居させることもできる。
 ところが、極めて高度な知能を有しているかに見えるキングギドラは、すでにモジのいる自分の携帯に、すんなりやってきた。
「本当にモジを消したりしてないでしょうね?」
《しつこいなあ。疑うなら今ここに呼んであげるよ。モジくーん》
 するとキングギドラの声を待っていたように、画面の下から緑色の身体が現れた。
《萠黄ぃ〜》
「モジ! 無事やったんやね」
 久しぶりに自分のPAIの声を聞いた萠黄は、思わず小躍りした。
《まあ元気やけどね〜、むりやりコイツの遊び相手、させられてんねん。うっとうしいわ〜》
《むりやりはひどいな。楽しそうにしてたじゃないか。さっきまでオセロのお相手をしてくれてたし》
 二頭身のモジが鋭いまなざしで、実物そっくりのキングギドラを見上げる。不思議な絵だった。
 二匹は明らかに同居している。モジはメモリーの七割を占有しているのに。この三ツ首怪獣はどんなプログラムで動いているんだろう?
「なあ、キングギドラさん」
《ギドラでいいよ》
「ギドラさん、どうしてあなたはわたしの携帯にやってきたの?」
 その時、駐車場のほうからむんの呼ぶ声がした。なかなか戻ってこないので心配になったのだろう。
「いま行くー」
 萠黄は携帯を広げたまま、歩き出した。
《ねえ萠黄さん、ボクのことは他の人には秘密にしておいてくれるかな》
 萠黄は頷いた。
《よかった。それじゃまた後で》
「うん。──モジも適当にギドラの相手をしてやってね」
 モジは画面の隅から太い尻尾だけ出して、プルプルと左右に振った。バイバイと言ってるのだ。
《そうだ。最後に──》
 ギドラが、携帯を閉じようとする萠黄を呼び止めた。
「なに?」
《さっきの質問。ボクがなぜ君の携帯にやってきたか。それはね──友達が欲しかったからなんだ》
 萠黄は足を止めた。
《放浪を繰り返したあげく、ようやくモジ君に出会えた。そして創造主である萠黄さんにも。ボクは今とてもうれしいんだ》

 車に戻った萠黄は、明石まで急ぐよう、皆を急かした。
「橋が通行止めになっちゃうかもしれない? そりゃ大変だ、急ぎましょう」
 手早く昼食を済ませると、柳瀬運転手は勢いよくエスティマのアクセルを踏んだ。
 橋に関する情報源について萠黄は、携帯で信頼性のある掲示板を覗いたと言い、携帯を使って大丈夫なのかという疑問には、秘密の操作方法を見つけたと嘘をついた。
 胃袋が満ち足りて、車内に明るさが戻ったようだった。むんはまだ気持ちの置き所に困っているようだし、揣摩は萠黄に対して若干よそよそしかったが、今はそれどころではない。
 エスティマは阪神高速神戸線などは利用せず、あくまで裏道をメインに、西へ西へとスピードを上げた。



[TOP] [ページトップへ]