Jamais Vu
-99-

島へ
(11)

「きゃあああ」
 萠黄は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「うわわ」
 揣摩も座っていた鉄骨が揺らぎ出したため、たまらず地面に飛び降りた。
 ゴゴゴゴゴという不吉な音が空気を震わせ、ふたりの周囲を包み込んだ。建築現場に組み上げられた足場が大きくきしみ、建材などがガタガタと音を立てた。
「危ない!」
 揣摩の声に振り向くと、重ね方に問題があったのだろう、鉄骨の一本が萠黄に向かって崩れ落ちようとしていた。萠黄は悲鳴を上げながら本能的に後ずさったが、それが幸いした。彼女の身体は背後にあったくぼみにはまり込んだ。背中から落ちると同時に、彼女のいたところに鉄骨が落下した。大量の砂煙が萠黄の上に降り注いだ。
 地震は始まった時と同様、すーっとフェイドアウトしていった。萠黄は後ろに手をついたまま、じっとしていた。揺れ戻しはやって来ず、それっきり揺れは収まった。
 おそらく規模としては大した地震ではなかっただろう。たまたま建築現場にいたため、ふたりは揺れを大きく感じたのだ。
 ようやく落ち着きを取り戻した萠黄は、頭や身体にかぶった砂を払い落とし、ゆっくりとくぼみから這い上がった。
 落ちた鉄骨のそばでは、揣摩が寝そべったまま深呼吸を繰り返していた。
「揣摩さん」
「やあ、萠黄さんは、大丈夫だったよな?」
 気安く放たれた揣摩のひと言に、萠黄は微妙な色合いを感じた。
(わたしが怪我をするはずがない?)
 ──リアルだから?
 鉄骨の下敷きになったぐらいではかすり傷も負わないだろう──彼女の耳にはそんな風に聞こえた。
(リアルなんてありえないって否定したくせに。心のどこかじゃ自分の考えに自信がないんや!)
 萠黄は鼻白む思いがして、そっぽを向いた。揣摩も自分の失言に気づいたらしく、口を真一文字に結ぶと、とって付けたように砂を払いながら、
「行こう。みんなが心配してる」
と言った。
 その時、萠黄のポケットの携帯が振動した。取り出すと液晶画面に『キングギドラより』と表示されていた。
「先に行ってください」
 萠黄の言葉に揣摩は流し目をくれたが、判ったと手を上げてみせ、駐車場へと歩いて行った。萠黄は携帯の通話ボタンを押した。
「なによ、この大変な時に」
 画面に現れたキングギドラは三本の首を悠々と揺らめかせていた。
《ご機嫌斜めのご様子だね。お邪魔だったかい?》
 口を開いたのはやはり真ん中の首だった。
「あんたまだおったんかいな。携帯オンにしてたら敵に見つかるからって電源切ったはずやのに、どうやって出てきたんよ?」
《ボクに不可能はないさ。それにもう電源の心配をする必要はないよ》
「どういうこと?」
 萠黄は首を傾げた。キングギドラは翼を広げながら、
《GPSとの接続回路を遮断したからさ。誰かと通話しない限り、位置を特定されることはないよ》
「………」
 萠黄は絶句した。現代の携帯電話は、法律によってGPS接続が義務付けられている。そのため電源が入っていれば自動的に電話会社のコンピュータに自分のいる場所が記録されるようになっているのだ。
「ウソでしょ? PAIにそんなことできるわけないやんか」
《普通のPAIならね。ボクはそういうPAI原則には縛られない存在だから》
「………」
 萠黄は二の句が継げられないまま、キングギドラを睨み返した。ありえない。そんなことありえない。
《疑ってるね。ごらんよ》
 ブウンッという音と共に、ホログラフィックウィンドウが空中に浮かび上がった。GPS衛星との接続状況を示すページが表示され、『接続不能』の文字があった。
《ね?》キングギドラは胸を張ってみせる。《これで安心して使えるよ》
「安心て言うたかて、あんたみたいなのが棲みついとったら、知れたもんやないわ」
《今日はどうも虫の居所が悪いみたいだなぁ。せっかく重要な情報を教えてあげようと出てきたのに》
「ふうん」
 萠黄は携帯を持つ腕をだらんと伸ばし、伏し目で三ツ首の怪獣を見おろした。
《その表情はやめたほうがいいよ。かわいくないから》
「よけいなお世話ですーっ。言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい」
 キングギドラの首は、三本ともわざとらしく咳払いなどをしてみせ、
《いま地震があったろ? それに関連する話だよ。君たちの進むルートから察するに、明石海峡大橋を渡るつもりらしいけど、急いだほうがいいと思うな。地震の影響で通行禁止になる可能性があるからね》



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