勝手口からのっそりと上がってきたのは、岩のように盛り上がった筋肉をもつ大男だった。
「子供がこんなモンで遊んじゃいけねえ」
岩男(いわおとこ)はそう言うと、揣摩の手から拳銃を取り上げた。
「座れ」
洞窟の奥から聞こえてくるような声だった。揣摩は悔しげな表情で床に腰をおろした。萠黄とむんは伊里江をはさむ格好で最前から膝をついている。
「他には誰もいないようだな……。山崎、外に廻ってガスの元栓を閉めてくれ」
「了解」
最初に現れたほうの男が、マシンガンを肩に乗せて出て行った。どうやら岩男がこの場のリーダーらしい。岩男は揣摩たちから視線をはずさず、ヘルメットのマイクに話しかけた。
「こちら岩村。男ふたり女ふたりを拿捕(だほ)しました」
手短に連絡をすませると、岩村はダイニングの惨状を一瞥し、全身煤(すす)だらけの伊里江に目を顰(ひそ)めた。
「そこのボロボロの兄ちゃんがやったのかい。騒ぎを起こして人目を惹(ひ)くつもりだったらしいが、残念だったな。戒厳令のことは聞いてなかったのか?」
「戒厳令!?」
むんが驚きの声を上げた。
「どうやら知らないらしいな。昨夜、総理がマスコミを通じて発表した。『いま世界は未曾有の危機に直面している。人体が砂になるという原因不明の病気が蔓延しており、大怪我をすると命取りになる。だから危険な状況は極力避け、表に出ないことを勧める。現在、強力なワクチンを鋭意開発中であるから、パニックに陥ることなく静かに続報を待つように』とな」
萠黄とむんは顔を見合わせた。自分たちの逃亡中に、世の中は大きく動いていたのだ。
「まあワクチンと言っても」岩村は続ける。「そんなモノありはしない。真っ赤な嘘だ。そうでも言ってもらわないと俺たちのリアル捜索に支障をきたすからな」
「待てよっ」揣摩が噛みついた。「俺はダ・ヴィンチの揣摩太郎という者だ。聞いたことはないか?」
「知らんな」岩村は銃口を向けて答える。
「あのな、おっさん。俺は総理から直(チョク)に依頼を受けてる身なんだ。リアルの萠──人間を無事にある場所まで連れて行くようにとな。なのにお前らは殺すつもりで攻撃してきた。おかしいじゃないか」
「何をのんきに語り合ってんだい」
突然、背後で声がした。リビングから姿を現したのは、やはり迷彩服をきた若い女性だった。二十代半ばだろうか。背が高い。戦闘員の中に女性もいたとは。
「やっとお出ましか」岩村が答える。
「へ、他の部屋を調べてたんだよ」
家のあちこちから窓を突き破る音がする。二階にも侵入したらしく乱暴に床を踏み鳴らす音が聞こえる。
女性隊員は太い眉を動かしながら萠黄たちを睨みつけた。「どいつだ? リアルちゃんは」
萠黄の心臓は縮み上がった。いよいよ殺される。むんと握り合った手に力を込めた。
「おやぁ?」
女性隊員は目を丸くした。
「どうした」岩村が訊ねる。
「こいつ……揣摩太郎じゃないか!」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、今をときめく超人気アイドルだよ」
「俺はSMAPしか判らん」
「古いねえ」
女性隊員は揣摩の前にやってくると、彼に話しかけた。
「あんた、本当に揣摩さんだろう? ダ・ヴィンチの」
「そうだ」
揣摩は両膝を抱えて座ったまま、毅然として女性隊員の顔を見返した。
「うっそー、なんでこんなとこにいるの?」
「サキ、俺たちの本分を忘れるなよ」岩村が諌める。
「判ってるよ。──ねえ、揣摩さん、あんたもリアルなのかい?」
「違う。そこのおっさんにも言ったが、俺は総理からリアルを連れてくるよう直接依頼を受けただけだ。おたくらもそうじゃないのか?」
「山寺総理から? 確かにワタシもそうだけど」
「おい、サキ、そいつの口車に乗るな」
「黙ってな。──それで、リアルはどこに連れて行くつもりだったんだい?」
「それはもちろん……東京だ。総理はこう言った。彼女は俺のファンだから俺が誘えば疑いもせずについてくるだろうと」
「突飛な話だが、芸能界にも太いパイプを持つあの総理なら言いかねないねぇ」
「リアルを傷つけずに無事届ければ、礼をはずむという約束だ。だからその物騒なものを俺たちに向けないでくれ」
揣摩がサキのマシンガンを指した。
「でまかせだ。助かりたい一心で適当なことを口にしてるだけだ。俺たちは命令どおりリアルを殺す。考えを巡らせる必要などない」
「けどさ、こんな田舎に超アイドルがいるっていうのもおかしな話じゃないか。いちおう、ボスの到着を待ったほうがいいと思うよ」
「やかましい!」
岩村は叫ぶと、銃口を揣摩に突きつけた。
「おい、アイドル。光嶋萠黄ってのはどっちの娘だ?」
|