Jamais Vu
-83-

脱出の朝
(6)

 予期せぬ炸裂音は真崎の耳にも届いた。マルチウィンドウのひとつが猛り狂う炎で覆われると、ブツッという音を残してブラックアウトした。
「太田!」
 呼ばれた隊員からの応答はない。真崎はしばし呆然としたが、すぐに他のウィンドウに視線を移した。どの映像もモデルハウスから吹き出す炎や煙を捉えている。
《報告します! ターゲット潜伏中の家で爆発がありました》
「爆発だと? 攻撃されたのではなかったのか」
 ウィンドウの映像はどれも激しく動いている。隊員たちが動揺している証拠だ。真崎は全員に距離を取るよう命じた。
 映像で見るモデルハウスはひどく損傷していた。二階部分は三分の一ほどが吹き飛んでいる。窓ガラスはことごとく割れ、そこから吹き出す炎が、庭の植え込みなどに燃え移っている。
《ガスのにおいがします。爆発の原因はこれかと思われます》
(──そういうことか)
 真崎は拳に爪を食い込ませた。
 中に立てこもる光嶋萠黄一派(何人かは不明だが)はガス管を開き、引火させてあの爆発を起こしたのだ。それは退路を断たれて自暴自棄になったからではなく、あくまで逃亡するための一作戦だ。おかげで我々は容易に近づけなくなり、逆に周囲の住人の注意を引きつけることができる。人通りの少ない早朝だからこそ連中を包囲しやすかったのだが、野次馬に出てこられてはやりにくくなる。彼らはそう踏んだのだろう。頭のいい連中だ。
 しかしそうは問屋がおろさない。爆発音に叩き起こされた付近の住民が表に出てくることを期待しているのだろうが、住民たちが昨夜の政府発表のニュースを見ていれば、ひとりも出て来たりはしまい。人ごみに混じって逃げるつもりなら、おあいにく様だ。
 とは言え──中にいた連中は無事なのか?
 火の勢いはますます増しつつある。
 真崎は再びマイクを取り上げた。
「全員に告ぐ。消防車や警察がやってくる前に、一気にカタをつけたい。おそらく連中は被害を避け、爆発箇所から最も離れたところに身を隠しているものと思われる。各自現在の位置から突入を試み、ターゲットの発見に全力を尽くせ」
 了解という声が次々に返ってきた。
「それから」真崎はためらいがちに付け加えた。「くれぐれも怪我はしてくれるな。君たちは私の部下だが、元の世界を守りたいという共通の思いで参集した同志だ。先は長い。数は少ない。命を粗末にするな」
《真崎さん、いや隊長代理》ハスキーヴォイスがくだけた口調で彼の名を呼んだ。《アンタらしくもないな。俺たちは皆よく判っている。気を遣わんでもいいさ》
「すまん、岩村」
 真崎は口許からマイクを離した。

(……収まったみたい)
 萠黄はくるまっている布団から顔を出した。
 そこは和室の押し入れの中だった。ダイニングから一番遠い部屋ということで、ここに逃げ込んだのだ。
「向こうは燃えてるみたいや」
 身を寄せるように同じくくるまっていたむんも顔を出す。ふすまを少しだけ開いて外の様子をうかがっている。
 萠黄はもうひとつの布団に手を伸ばした。
「起きてますかぁ?」
「寝るわけないでしょっ」布団が跳ね飛ばされ、中から揣摩が現れた。「ぶわーっ、夏に冬物はキツイぜ」
 確かに萠黄の顔にも汗がしたたり落ちている。
「エリーさん、戻ってきた?」
 萠黄の問いに、むんは首を振った。
「なあ、そろそろ出ないか? さっきの音に驚いて、そろそろ野次馬が集まり出してる頃だと思うぞ。逃げるなら今だ」
「そうやね」むんも賛同する。
 三人はふすまを開き、そーっと畳の上に這い出した。

 伊里江が自分に考えがあると言って披露した作戦は、意図的にガス爆発を起こすという、きわめて危険なものだった。
 伊里江は提案するや、すたすたとキッチンに近づいてガスのコックを開いた。シューッという音と共に特有のにおいが広がり始める。
「ところで、どうやって引火させるんだ?」
 揣摩が当然の質問を口にした。
「……言い出したのは私です。私がやります」
 事もなさげに伊里江が答える。
「アホな。ライターでも擦った途端、ドカンといくんやで」とむん。
「……知ってます」
 じゃあどうやって、と三人が問いただすと、彼はただ片手を上げてこう答えた。
「……私も“リアル”です。きっとそれが私の身を守ってくれるでしょう」



[TOP] [ページトップへ]