「何だ、あいつは?」
真崎は顔をぐいっと前に突き出した。液晶スクリーンには先行隊員の帽子に仕組まれたカメラ映像が映っている。彼らの監視するモデルハウスの勝手口が大写しになっていた。
つい今しがた、開けられた扉から顔を出した者がいた。身長のある若い男のようだった。それに対して隊員は命令どおり発砲した。銃弾は逸(そ)れ、男は中に引っ込んだ。 真崎は映像のリピートを指示した。画面上に別のウィンドウが開く。
「なるほど、奴が逃亡の手助けをした男か」
昨夕、近鉄電車の前に飛び出した人影がいたとの報告があった。人影は長身の男が抱えるようにして連れ去ったという。
「モデルハウスに潜んでいたとは、考えたものだ」
リピート映像には画像処理が施されていたが、暗過ぎて人相を見分けることはできなかった。
(誰でもいい。まとめて始末するだけだ)
「隊長代理、光嶋の携帯の反応が消えました」地図データの画面を睨んでいた部下が声を上げた。「また携帯の電源を切ったようです」
真崎は顎に手をやった。
(我々が特殊な衛星を用いて、GPS機能のない携帯でも追跡できることを知っているのか? 電源が切られていれば追跡不可能なのだが……まさかな。知っていればおおかた充電器を持ち合わせてないので節電しているのだろう)
「気にするな」真崎は部下に言った。「時間がかかったが、これで光嶋萠黄は袋のネズミだ。片付き次第、次のリアル候補を追うぞ」
「──なんで俺が撃たれなきゃならないんだ? 奴ら、正気じゃない」
床に倒れ込んだ揣摩はハアハアと息を弾ませながら、自分を撃った敵を激しく非難した。萠黄とむんと伊里江が彼を取り囲んでいる。
「……どうやら敵は、この家に隠れている者すべてを標的と考えているようですね」
伊里江が勝手口の銃弾の痕を見ながら言った。扉はドアクローサーによって元通りに閉じられていた。
「どうしよう。逃げられへんよ」と萠黄はむんを見た。
「これじゃ柳瀬さんの車が来ても……」とむん。
「柳瀬!」大の字の揣摩が吠える。「くっそー、せめて柳瀬が警察を引っ張ってきてくれりゃあなぁ」
「警察? でも警察だって敵に通じてるかもしれないでしょ」とむん。
「そうとも限らへんよ」萠黄が反論する。「昨日、応対してくれた警部さんは優しい人やったし」
「……末端までは染まってないかもしれませんね」と伊里江。
「電話してみよか」むんが立ち上がる。
「その前に敵が突入して来たら?」萠黄が危ぶむ。
「下手すりゃ、爆弾一発で俺たちはお陀仏かもしれないぞ」
「そんな──」
「……爆弾」
伊里江が考え込む姿勢を取った。
「どうかした?」
むんが伊里江の顔をうかがう。
「……あの、私に考えがあります。いささか常軌を逸した提案ではありますが」
《後続隊が到着しました。指示を待ちます》
スクリーンには隊員たちのカメラ映像が並んでいた。真崎はすべてに目を走らせる。勝手口の他に、玄関、庭先など、猫一匹這い出る隙間のない鉄壁の包囲網。さらに屋根伝いに隣家に逃げ込むことも想定して、北側の民家の屋根にはスナイパーを配置した。
あるカメラは道路越しにモデルハウスを見つめていた。人通りはない。通勤の時間帯にはまだ間がある。早朝で良かったと真崎は思った。
「この車はどれぐらいで到着する?」
真崎はインターフォンで運転席に訊ねた。
《あと十分ほどです》
「よしっ」真崎は包囲する隊員たちに通じるマイクを手に持った。
チチチチチ。
電線に止まった小鳥が高らかに啼(な)いている。静まり返った住宅地のなかで、その声はひときわ鋭く、辺りに響き渡った。
ひとりの隊員が電柱の陰に身を隠していた。服装は怪しまれないよう、わざと平服を装っている。
「了解」
真崎の命令を聞いた彼は一歩前に出た。
右足がアスファルトの路面に着くか着かないかという瞬間だった。見つめていた窓ガラスが突如砕け散り、激しい轟音と共に、真っ赤な炎と灰色の煙が彼に向かって押し寄せて来た。
「ぐわっ」
逃げる余裕はなかった。彼の身体は炎に包まれた。 |