成瀬が頷くのを確認すると、田村は改めて銃を握り直し、筒先を清香のひたいへと向けた。
「悪く思わんでくれよな。県民を守るためなんだ」
パーンッ。乾いた音が轟いた。引き金はいとも簡単に引かれてしまった。
が次の瞬間、田村と成瀬は、ふいに辺りに満ちた真っ白な光に、あわてて両目を覆った。
「うわっ!」
錐(きり)のように脳髄の奥まで突き刺さってくる光。それは現れたときと同様、突然消滅した。
成瀬は指の間から周囲を見渡した。生い茂る樹々が何ごともなかったように風にそよいでいる。
遠雷の不気味な音が、遥か空の彼方から聞こえてきた。
「……落雷か?」と成瀬。
「まさか。ずいぶん距離がありますよ」と田村は否定した。
しばらくして、ふーっと一息吐いた成瀬は、カラマツの根元に横たわる清香を認め、近寄って彼女の顔に手をかざした。
「まだ生きてる──ん?」
成瀬の眉がおや?という形をした。彼女のひたいに差す、うっすらとした赤みに気づいたのだ。
──これは何の痕だ? 当たった銃弾が跳ね返った……わきゃないな、鉄腕アトムじゃあるまいし。しかしさっきの光はこの娘から発せられたような……錯覚か?
成瀬は首を振ると立ち上がり、胸のホルダーから自身の銃を抜いた。狙いを清香の眉間に合わせる。
「……うーん」
身体をよじらせて気絶から目覚めようとした清香は、顔の真上で構えられた黒い物体に、驚愕に目を見開いた。
「すまないな、お嬢さん。すぐ済むからね」
この距離なら確実だ。若い娘を銃殺するなど決してやりたいことではないが、おつとめとあらばしかたがない。
成瀬は心の中で両手を合わせつつ、指にぐっと力を入れた。
ガタン、ドン、ズズン、ブワン。
──何の音だ?
成瀬の集中力をかき乱すように、そのけたたましい音はしだいに近づいてきた。エンジンの音。──車だ。
雛田は自分が今どのあたりを走っているのか見当がつかなかった。逆落としのような急斜面の連続はもはや道路とは呼べず、すぐ横で口を開いている暗い谷間を避けるだけで精一杯だった。
「ゆ、結城さん、恨むぞおぉぉぉぉ」
四駆のタイヤが岩を噛んだ。ハンドルを切ってよけようとしたが、そのとき林の中ではおよそあり得ない色彩が、樹間にチラッと垣間見えた。それはほんの一瞬だったが、緊張で研ぎすまされた彼の想像力は、清香の着衣を瞬時に連想させた。
雛田はハンドルを切らず、真正面から樹々の中に突っ込んで行った。
「あッ、ホントにいた!」
それはやはり清香だった。彼女のタンクトップだった。横にいるのはゲーリングじゃないか! 銃を持っている。その奥に親衛隊員もいる。なぜこんなところに?
刑事たちは予想もしなかった車の出現に驚き、二、三歩後退した。しかし運転手が雛田だと認めると、すかさず銃で撃ってきた。
「うはっ!」
フロントウィンドウにヒビが走る。バックミラーがもげる。ライトは飛び散り、ボンネットが変形した。
彼はたまらず首をすくめた。だがハンドルから手は離さない。アクセルをベタ踏みしたまま、降り注ぐ銃弾をかいくぐってひたすら前に進む。
車体にめり込む弾丸が激しい音を立てた。まったく生きた心地がしない。だが頭の中にあるのはただひとつ。清香を害する者の排除。それ以外には何もない。
車体の揺れがスッと消えた。平地に降りたのだ。
顔を上げると、ふたりの刑事がすぐ目の前にいた。大声で吠えている彼らの銃口は、まっすぐ雛田に向けられていた。
「南無三!」
最後の銃声がこだましたのと、四駆が鈍い衝撃を受けたのとが、ほぼ同時だった。
そして車内は奇妙な浮遊感に包まれた。
それが自由落下だと気づいた時はすでに遅かった。四駆は雛田を乗せたまま、前のめりに谷底へと吸い込まれていった。 |