Jamais Vu
-49-

真相
(19)

「……この銀河系全体が、木っ端微塵になります」
「………」
「……逆に言うと、鏡像世界は、この銀河系の大きさしか存在しません。天文学者は、天の川は見えても大マゼラン雲が見えないことに、今ごろ首を傾げているでしょうね」
「他人事みたいに言うなよ!」
「……性分なもので。
 ……実際、そんなスケールの大爆発を企てるなど、狂気の沙汰だと思いましたよ。でも兄は最後のメールでこう告げていました。『すまない。お前まで巻き添えにした兄を許してくれ』と。
 ……彼の所業は許せませんが、心情だけは汲み取ってやろうと思います。たったふたりの兄弟ですから」
「バカバカしい!」
 揣摩はテーブルをドンと叩くと、立ち上がって部屋の中を歩き始めた。
「あと聞きたいのは」むんが険しい眼差しで問いかける。「爆発までどのくらいの時間があるの?」
「……二週間です」
 むんも萠黄も息を飲んだ。たった十四日。
「……私が話せることは、以上かと思います」
 伊里江は、ふーっと息を吐くと、背もたれに身をゆだねた。
「最後にもうひとつだけ。どうして洗いざらい喋る気になったの?」
「……兄の野望を阻止するため、私は十二名のリアルを全員抹殺するつもりでいました。でも慣れないことはすべきではありませんね。一人目の暗殺さえこなせなかったのですから。
 ……運命かもしれません。こうなったらスッパリあきらめて、十四日後に兄が本懐を遂げるのをじっくり見届けたい──そう思ったからです」

 話が途切れると、時計の音が気になりだした。外の風がだいぶ弱くなったせいだろう。コチコチと時を刻む音がやけに大きく響く。
「もう午前0時になるわ」
 むんがくたびれた声を出すと、揣摩もフローリングの上に腰を下ろして、肩を揉み始めた。
 長い半日だった。伊里江の話から受けた衝撃と絶望感が、肉体的な疲れ以上に、それぞれの心に暗い影を落としていた。
「俺はオリジナルの鏡像なのか……」
 しょげる揣摩に、誰も声をかけることができなかった。
 萠黄も自分がリアルに選ばれてしまったことに、どう対応していいのか、心の整理がついていないのだ。
「よっしゃ、寝ましょ!」
 むんが元気よく立ち上がった。
「揣摩さん、お湯出るよね?」
「ああ」
「それじゃシャワーでも浴びるかなー。萠黄も浴びるでしょ? 今日は飛んだり走ったりで汗まみれやし」
 萠黄は顔を上げ、弱々しい微笑みを返した。
 揣摩も手を挙げて賛成と言った。
「頼まれた女性用の下着とTシャツも買ってあるから、適当に着替えてくれな」
「サンキュー。そいじゃお先に。──萠黄、いっしょに入ろう」
「ウン」

 その夜。四人はリビングで眠った。
 ソファは萠黄とむんが使い、揣摩と伊里江はフローリングの上に。
 伊里江の手足を自由にするかどうか、三人の間で相談が持たれたが、安全とは言い切れないとする揣摩の意見が、むんと萠黄の逡巡(しゅんじゅん)を突っぱねた。
 眠りにつく前、萠黄は伊里江に尋ねた。
「ねえ、元の世界では、わたしのお母さんは生きてるかな?」
 伊里江はかすかに微笑みながら答えた。
「……もちろん」
 萠黄は安心して、深い眠りへと落ちていった。



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