(撃たれた──!)
衝撃を全身で受けた萠黄は床の上で身体をバウンドさせると、ソファの向こう、掃き出し窓に垂れた長いカーテンのそばまで転がっていった。
(──息ができない!)
フローリングの床の上で横倒しになったまま、あまりの痛みに声を出すこともできず、目を開けることさえできない。
両手はやみくもに胸の辺りを押さえようとする。きっと血がドクドクとあふれ出しているに違いない。
(わたし、死ぬんや──砂になってまうんや)
脳裏に、砂と化した自分の姿が浮かんだ。
こんなワケのわからない死に方をするなんて──。
身体の節々が引き絞られるように痛む。
キーンという音が耳の奥底で鳴り続けている。
どこか遠くでキャッという悲鳴がした。
銃声を聞きつけ、暗い廊下を駆け戻ってきたむんは、逆光で立つ黒い影に思わず声を上げた。
影は振り向くと、むんに向かってためらうことなく二発目の弾丸を発射した。弾丸はむんの肩口をかすめるようにして廊下の壁に突き刺さった。
「動かないでください……あなたには関係ありません」
侵入者は厳然と言い放った。
その声は明らかに男だったが、どこか台詞を棒読みするような、妙なイントネーションを含んでいた。
むんは壁に張りついたまま、影の中の見えない顔を睨みつけた。
侵入者は銃口をむんに向けたまま、リビングに足を踏み入れた。
照明の灯りが影の全身に降り注ぎ、侵入者はようやくその姿を現した。
若い男だ。
身長は揣摩太郎ぐらいか──そういえば揣摩はまだ帰ってこない。肝心なときにいないんだから!。
グレーのTシャツはシミだらけだし、同じくグレーのジーンズはあちこちがほつれて破れている。首にはなぜか大きな双眼鏡を紐で掛けており、後生大事に左手で押さえている。
髪といい服といい、履いたままの靴といい、雨でぐっしょりと濡れている。その濡れたTシャツが張りついた身体はこれ以上ないほど痩せて見える。
顔立ちは──水のしたたる前髪から覗く目は真ん丸なギョロ目で、げっそりした頬と相まって、思わずカマキリを連想させた。
男は、見ている間にもどんどん萠黄に近づいていく。
このままでは──。
むんは持っていたポーチに目を落とした。
「……とどめ……とどめを刺さなければ」
男はうわごとのように呟きながら、ソファの向こうでのたうち回る二本の足に近づいていった。
「すぐ楽にしてあげますから……」
しかし銃を持つ手は震えが止まらず、額には脂汗が浮き、奥歯がカタカタと音を立てている。
男は顔を左右に振って、汗とも雨のしずくとも判らない水滴を床にまき散らすと、あらためて両手で銃を構え直した。
「先ほど撃った弾は、あなたの胸に命中したはずです。しかし私は最期まで見届けなければいけません。いけないのです……」
ごくりと生唾を飲み込んだ、そのとき、
「オイ!」
甲高い声が男に投げつけられた。
反射的に銃を向けた目に、何かが飛んでくるのが映った。男は思わず引き金を引いた。
ドンッ。
狙い誤たず、銃弾は物体を打ち砕いた。
しかし──。
物体に入っていた液体が、慣性の法則に従って男の顔に降り注いだ。目の中に液体が染み込んでくる。
「うわっ!」
むんが投げつけたのは、化粧水の瓶だった。
男が両手で顔を覆うと、むんはすぐさまダッシュで男に接近し、手刀で銃を払い落とした。
そして渾身の力を込めて男の股間を蹴り上げた。
「むぐっ」
たまらず侵入者は床の上に倒れた。
「男相手はこれが一番効くんや!」
むんは銃を拾い上げると、銃把を握りしめて侵入者に銃口を向けた。元より射撃の経験などない。
男は目を白黒させて、うなったまま立ち上がることもできない様子だ。
どうしようかと迷っているところに、
「ただいまー。ちょっと一服吸ってたら遅くなっちまったよー」
脳天気な揣摩の声が勝手口から帰ってきた。
「早よ来て! 萠黄が侵入者に撃たれたんや!」
「えっ!」あわてて駆け込んできた揣摩は床に倒れている男を見ると「何者だ、コイツ」
「これ持って見張っといて」
言うと、握っていた銃を投げ渡した。
「俺こんなもの撃ったことないぞ」
「撃たんでもええ!」
むんは残っていた怒りを揣摩にぶつけると、急いで萠黄のそばに駆け寄った。
しかしTシャツの胸元に開いた穴を見たとたん、むんは激しい絶望感に襲われた。
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