Jamais Vu
-34-

真相
(4)

 総理が、アイドルに、直々に電話……???
 萠黄とむんの目がテンになった。
「アレ、全然信用してないな。証拠を見せようか」
 揣摩は尻ポケットから携帯を取り出すと、
「ウラン、総理の映像を出してくれ」
《ええ〜、どうしよっかな〜》
 揣摩のPAIは“鉄腕アトム”の妹ウランちゃんだった。
「意外……」
 萠黄がつぶやいた。
《しょ〜がないなぁ、ちょっとだけよ〜》
 言うほど色っぽくはない。
 ホログラフィ映像は、ウランちゃんのクネクネダンスから四角い画面へと切り替わった。画面の中央に現れたのは、見事なまでに剃り上げたスキンヘッドの男だった。口の周囲にくっきりとした黒髭をたくわえている。
「キャッ、ホンモノや。ホンモノの山寺総理や」
 若い頃、政治活動をしながらデザイナーズブランドも立ち上げた山寺鋭一は、そのスマートなシルエットとセンスのいい身だしなみから、現在でも若者に人気がある。
「動いてる。通話の録画やね」
「静かに聞いてくれ」
 執務室と思われる部屋をバックに、総理は机の向こうから真剣なまなざしを向けている。
《……唐突な依頼で誠に申し訳ないのだが、神戸にいる君が位置的にも適任なのだ。君にはすぐ東大阪のK大学に向かってほしい。保護してほしいのは、光嶋萠黄という女子学生だ。彼女はあるテロリストグループから命を狙われている。理由あって警察を使うことはできないが、彼女の命に我が国の存亡がかかっている。確保したら速やかに添付した地図の場所まで連れてきてほしい。騒ぎになっては事なので、決して誘拐などという方法はとらず、彼女が自主的に同行するよう努めてほしい。情報によると彼女は君の熱烈なファンだそうだから難しくはないだろう。よろしく頼む……》
 揣摩は一時停止ボタンを押した。
「信用してくれた?」
 交互にふたりの顔を見比べるが、萠黄とむんは声も出ない。
「今まで黙っていて悪かったが──」
「どうして私の命が狙われてるの?」
 萠黄は訊ねずにいられなかった。
「理由については、一切教えてもらってないんだ」
「そんな」むんも横から加勢する。「いくら首相のお願いやからって、理由も知らんとテロ絡みの危険な仕事を引き受けたっていうの? 信じられへん」
 揣摩は答えず、再び映像をスタートさせた。
《……この要請はトップシークレットだ。もし快諾してもらえない場合、機密を守るために君を逮捕、拘束することになる。当然、君の芸能生活は断たれることになるが、どうかそうさせないでほしい。そして日本国民の一員として、是非とも政府に力を貸してほしい。このとおりだ》
 総理は立ち上がると、深々と頭を垂れた。これで終わりかと思っていると、総理は迷っているような素振りを見せ、再び口を開いた。
《私の一存で最後にひとつだけ教えておこう。揣摩君、君のご両親は北海道に住まわれていたね。数ヶ月前に起きた北海道消失事件、君の働き如何では、あの事件の謎が明らかになる可能性がある》
 隣に座っていたむんが息を飲んだのが判った。
 総理がもう一度頭を下げたところで映像は終わった。
 揣摩は携帯をポケットにしまった。
「………」
 萠黄は手で額を押さえた。
(ついていかれへん。謎が謎を生むばっかし──)
「質問は勘弁してくれよ。俺にも答えられないからね。……それよりふたりとも、腹減ってない?」

 質問攻めから逃げるように、揣摩太郎はそそくさと夕食の買い出しに出かけて行った。
 萠黄とむんはしばらくお互いの考えを交換し合っていたが、情報不足は否めず、話はすぐに尽きてしまった。
 ニュースを観ようとテレビのスイッチを入れてみても、アンテナをつないでないのか、砂嵐が映るだけだった。
「萠黄、目がとろーんとしてるよ。横になったら?」
「ん。じゃあ、ちょっとだけ〜」
「ウランちゃんかい」
 ふたりはクスッと笑い合った。むんはバッグから御化粧ポーチを取り出して洗面所に行った。
 長ソファに横たわった萠黄は、肘部に後頭部を乗せて目を閉じた。
 雨戸がゴトゴトと揺れている。雨に加えて風が出てきたらしい。
(悪天候がテロリスト集団の邪魔してくれたらええのにな……)
 雨音に耳を傾けているうちに、やがてスーッと意識が遠のいていった。
 ザーーーーーーーーーー。
 ゴトゴトゴトゴトゴトゴト。

 カチャッ。
 キィー。
 夜の帳(とばり)よりもドス黒い影が勝手口から侵入してきた。
 ひた……ズル……ひた……。
 黒い影は足を引きずるように廊下を進むと、リビングの入口から中をうかがった。身体から落ちる水滴が床を濡らす。
「みつしま……もえぎ……」
 影は地の底を這うような、うめくような声を発した。
「──むん?」
 萠黄は寝ぼけ声で応えた。しかし部屋を覗き込む影に気づくと、弾かれたように跳ね起きた。
「誰!?」
 影は黒光りする物体を持ち上げ、萠黄に狙いを付けると、間髪入れず引き金を引いた。
 ドンッ。
 萠黄は胸に激しい痛みを感じ、ソファから転げ落ちた。



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