Jamais Vu
-31-

真相
(1)

 トレーラーの扉が大きな音を立てて開けられた。隊長は入口で仁王立ちすると、その髭を震わせながら大声で叫んだ。
「真崎ィ!」
 隊長の怒りは中央に立っている男に向けられた。
「貴様、神にでもなったつもりか!」
 真崎と呼ばれた男は眼だけを動かして、隊長の視線と相対峙した。
 長身の隊長に比べればはるかに背は低い。しかし短髪に猪首の真崎という男、その盛り上がった腕やふくらはぎは、迷彩服の下でそれ自体呼吸しているかのように躍動している。
 真崎を中心に話し込んでいた男たちは、気まずい表情を浮かべて、隊長と真崎の間を空けた。
 隊長は真崎にカツカツと近寄り、襟首をつかむと、
「よけいなスモーク弾でニュース沙汰を起こしたと思ったら今度はバズーカ砲ときた。次から次へとド派手な真似しやがって、いったいどういう了見だ!」
 しかし真崎は隊長の手を軽く払いのけると、そばの折り畳み椅子に腰を下ろした。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「隊長さん、アンタのやり方は生ぬるいんだよ」
「なんだと?」
「社会に影響を与えることなく、隠密行動裡にすべての“リアル”を仕留める。そんなことが限られた時間の中で可能だと、本気で信じてるのか」
「小僧が生意気な口をきくじゃないか。誰のおかげでここまで──」
「ああ確かに今の俺があるのは、アンタが傭兵学校で鍛えてくれたおかげだ。だが今度の作戦はこれまでみたいな尋常なモンじゃないだろ? 俺たちはみんな“ヴァーチャル”なんだぞ。お行儀よく作戦を遂行したって誰も褒めちゃくれない。メリットもない。そんなことでタイムリミットになったらどうするんだ」
「で、オマエはどうだったと言うんだ。? 小娘ひとり仕留められなかったじゃないか」
 真崎は初めて苦い表情を浮かべた。
「いいか真崎。貴様は俺の言うとおりにしてりゃ──」
「もういい!」
 真崎は椅子を蹴って立ち上がると、脇で成り行きを見守っていた部下たちに合図した。彼らは機敏に動くと、隊長の腕を両側から固めた。
「貴様ら、裏切る気か!」
「いいや」真崎はやおら立ち上がると「アンタは使命の重大さに耐えきれず、作戦の指揮を執ることができなくなった。だからこれからは俺が隊長代理として部隊の指揮を執ることにする。……連れて行け!」
 歯噛みする隊長は抵抗することもできず、監禁用の別トレーラーへと引きずられていった。
 表に出た真崎は空き地に着地しているヘリコプターへと歩いていった。ヘリのすぐ横では、アンテナを調整しながら隊員がふたりがかりでパソコンと格闘していた。
「光嶋萠黄の携帯の電波は?」
 真崎の問いにひとりが首を振りながら、
「ダメです。現場を離れた後、東へ向かったようですが、すぐに切れました」
「クソッ、感づかれたか」
「よもやそこまでは」
「警察や機動隊も出張ってきた。……しかたがない。一般市民に紛れ込める服装に着替えて、もう一度現地へ急行しろ。なんとしても光嶋萠黄を殺すんだ!」
 真崎は命令を下すと、暮れなずむ奈良の住宅地に鋭い眼を向けた。

(……降ってきた)
 萠黄の頬を水滴が叩いた。
 空はすっかり厚い雲に覆われている。太陽は生駒山の向こうに沈んだらしく、あたりの風景は夜の闇に没しようとしていた。雨がいっそう蒸し暑さを高めそうだ。
「あの人、ひとりで大丈夫かな」
 某家の植え込みの中、並んで身をかがめていたむんがポツリと囁いた。あの人とは揣摩太郎のこと。彼はふたりにここで待つように言うと、様子を見に出ていった。
 すでにパトカー爆破の現場を逃れて一時間。揣摩を含めた三人は、住宅地の軒下を縫うように逃げてきた。
 このあたりはどこも起伏に富んだ住宅地で死角も多く、逃げるにも隠れるにも好都合だった。しかし安心はできない。正体不明の敵はどこから現れるか、凡人の自分たちには想像もできない。
「もちろんよ。これまで何遍もギリギリの場面を切り抜けてきはった人やからね……テレビの中では」
 萠黄が尻切れトンボの答えを返すと、むんは力無くうなづいた。
「でもそんな有名人が、なんでこんなに尽くしてくれるんかな」
「それは──」
 萠黄は言葉を詰まらせた。
 大学で出逢ったときから、いい夢を見てるんやと信じ込んでここまできた。冷静になってみると、超多忙の売れっ子アイドルが一ファンのためにこれほど親身になってくれるというのは、確かに合点がいかないが。
「おおーい、いるかい?」
 タタタッと足音と共に、揣摩が坂道を下りてきた。さすがに息を切らしている。
「待たせたね。ひとまずいい隠れ家を見つけたよ。ついてきて」
 それだけ言うと身体を反転させ、坂道を駆け上がっていく。萠黄もむんも植え込みを抜け出すと、あわてて揣摩の背中を追った。
 登りきったところに近鉄電車の線路があり、車も通れないほどせまい踏切があった。渡った先には頻繁に車の行き交う道路が見え、その向こうには、窓から明かりの漏れる平和そうな家々が建ち並んでいる。
 踏切の左右は電車道だけに見通しがいい。追っ手が目を光らせているとしたら、一巻の終わりだ。
 萠黄は、揣摩とむんに続いて踏切に足を踏み入れた。
 そのとき──。



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