Jamais Vu
-29-

敵と味方 II
(8)

 再会もつかの間、人混みにもまれて、ふたりは引き離されていく。
「萠黄、どこ行くん?」
「警察しょ!」
「ま、まさか容疑者!?」
「違うー。わたし被害者」
「判った。あとから行くわ」
 むんの姿は、アッという間にマスコミ連中の波間に消えた。
 先導する警部は、地下駐車場に続く裏口から萠黄を連れ出した。駐車場出入口のスロープでは、パトカーがエンジンをかけて待機していた。
 いかつい二人組警官にはさまれて後部座席に乗り込むと、パトカーはすぐに走り出し、スロープを登り切ると左折して、全速力で走り出した。
「すぐそこの西奈良署までやから」
“右側”の助手席から警部が振り返って言った。パトカーはもちろん国産車である。萠黄はコクンとうなずくと、大きなリュックを膝に抱えたまま、車窓に目をやった。その目が路肩に止まっていたベンツを認めた。運転席であくびをしている柳瀬の向こうに、こちらを指さす揣摩太郎のサングラス顔があった。
「ごめんなさい……。ここまで乗せてきてもらったのに、お礼も言えなかった」
 萠黄はリュックに顔を埋めた。

 むんは警察署に向かって歩き出した。幸いにもマスコミは誰もむんに気づかず、あわててパトカーの後を追っていった。
 このあたりの地形は起伏に富んでいる。警察署までは、上って下ってまた上る、二十分くらいの道のりである。
 空は今にも雨が降ってきそうな気配。
「キミぃ」
 ふいに道路から男の声がした。首を向けると、ベンツの窓からサングラスがこちらを見ている。
「誰?」とむん。
「俺だよ」
 男はサングラスを外すと、にこっと微笑んだ。
「だから、ダレ?」
 男はあわてたようだった。
「お……俺、揣摩太郎なんだけど」
 むんは無視して、さっさと歩き始めた。
「待ってくれ!……オイ柳瀬、車を止めろ」
 揣摩は車を降りると追いかけてきた。
「キミって光嶋萠黄さんの友だちだろー?」
 むんは再び足を止めた。ヘリコプターが上空を轟音を響かせて飛んでいく。機影を見上げながら揣摩は、
「こんなところで立ち話もなんだから、車に乗ってよ」
 通りすがりの主婦数名が、ちょっとあの人と違う? まさかこんなところに、とひそひそ話している。
「あなたが勝手に話してるんですけど。……どうして萠黄を知ってるの?」
「大学からこの車で彼女を乗せて来たんだ。俺も今日からK大学に入学したんでね」
「同じ大学……?」
 むんは態度を少しやわらげだ。
 シマタロウ、シマタロウ、聞いたことがある。確か萠黄の口から……誰やったっけ。
「それで俺が彼女といっしょに家に入ったら、お母さんが大怪我をしてて──」
 むんの肩からバッグが滑り落ちた。
「ウソ──」
「本当だよ。……ついさっき亡くなったらしいけど」
 むんは絶句したまま、萠黄のマンションに目をやった。テレビニュースで見た煙は、完全に消えていた。
「これからパトカーを追いかけようと思ってるんだ。よかったらキミもどうかなと──」
「乗せて!」
 むんはつかつかとベンツに歩み寄り、後部ドアを開くや、ヒラリと飛び乗った。
「追いかけよ、急いで」
 揣摩は垂れる前髪をかき上げながら、助手席に戻った。
 関西の女性ってホントにせっかちだな──。
「それで俺のこと、本当に知らない?」

 パトカーは赤信号で停止した。交差点を左折──この世界では右折──して、そのまま直進したら、警察署は目の前だ。
 後部座席で恰幅のいい警官ふたりにはさまれた萠黄は、空調の冷気も届かず、息苦しさをじっと我慢していた。せめて窓を開けて走ってくれればいいのに。
「うるさいハエどもや」
 ヘリコプターのことを言ってるらしい。警部の肩越し、フロントガラスの向こうに、いま一機のヘリがこちらに近づいてくるのが見えた。そうまでしてパトカーの中を撮影したいのか。
「ん?」
 ヘリはどんどん高度を下げてくる。そして警部が首を傾げた、そのとき──。
 横腹を見せたヘリの上で、黒い迷彩服を着た男が、肩の上に太い筒状のものを構えるのが見えた。
 バズーカ砲!?
「なんだありゃ!」
 警部が叫んだときには、すでに発射された弾丸がパトカーめがけて近づきつつあった。
 着弾。激しい炸裂音。
 大きな衝撃に襲われた萠黄の身体はぐるんと回転した。



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