顔も体型も丸々としたマネージャー柳瀬忠夫は、ベンツの運転席でふたりの到着を待ち構えていた。
「柳瀬、奈良に行ってくれ」
「あれ? タロちゃん、洲本じゃないの?」
「予定変更だ。全速力で頼む!」
萠黄が後部座席のドアを閉めると、揣摩はGOと叫んだ。ベンツはタイヤをきしませながら駐車場を後にし、校門から公道に出ると、北に向かってスピードをあげた。
カーナビユニットには携帯がはめ込んである。その液晶画面には柳瀬のPAI、マリリン・モンローが浮き上がっていて、《第二阪奈道路がお奨めよ〜(ハート)》と彼にウインクを投げていた。
しばらく走ると、車はマリリンの指示通りに右折して第二阪奈の高架に乗った。ここから萠黄の家の近所までは一直線だ。
──むんに連絡取れなかったな。携帯がないと電話番号も判らない。帰りにむんのバイト先に寄るつもりだったのに……。
「結果、出たか?」
助手席の揣摩が柳瀬に訊ねる。
「さっきの髪の毛」
「ああ」
柳瀬はチラとバックミラーに視線を投げると、
「出てるよ、クロだった。間違いなくリアルさんね」
揣摩は黙ってうなずいた。
時速150キロで生駒山のトンネルを抜け、中山インターで高速を降りると、北の空にヘリコプターが飛んでいるのが見えた。
《3つ目の信号を左ヨ〜ン(ハート)》
ベンツは赤信号を次々と突破していく。自宅はもう目の前だ。大学を出てから20分。電車なら1時間あまりの距離だ。
「あれだな」
ぐんぐんマンションが近づいてくる。萠黄は喉が乾ききって声も出せない。
付近はおびただしい数の車で埋め尽くされていた。どれも警察車輌やテレビ局のワンボックスカーばかりだ。
萠黄と揣摩は少し手前でベンツを降りると、あらためてマンションを仰ぎ見た。
「君んチに間違いない?」
611号室の前で制服姿がうごめいているのが、ここからよく見える。萠黄は真っ青な顔でうなずき返した。
「よし。行ってみよう」
再びサングラスをかけた揣摩に手を取られ、ふたりは野次馬の集団をかいくぐって、どうにかエントランスにたどり着いた。
出入りをチェックしていた警官に、煙の出ている部屋の住人であることを告げると、警官はすぐ上と連絡をつけ、ふたりを連れてエレベータに乗り込んだ。
六階で降りると、すぐに煙のにおいが鼻を突いた。共用廊下と階段の間をさまざまな服装の人間が行き来している。
「警部、お連れしました」
呼ばれて振り返った男は、五十がらみの叩き上げの警官といった風采の男で、白髪交じりの髪の下から、鋭い眼を萠黄に向けてきた。
「ここの娘さん?」
「……はい。光嶋萠黄といいます……あの、何があったんでしょうか?」
「一時間ほど前、この部屋で大きな破裂音がしました。しばらくすると割れた窓から煙が吹き出てきたと通報があったんですよ。駆けつけると、部屋の中は煙が充満していまして、中では景子さん──あなたのお母様ですかな?」
「は、はい」
「怪我をしたお母様が倒れておられました」
萠黄はショックで口を覆った。寄り添っていた揣摩が前に進み出て、
「お母さんは、どこの病院に運ばれたんですか?」
「君は?」
「あ──萠黄さんの友人です」
警部は揣摩のサングラスを胡散臭げに見つめていたが、
「いや、まだ部屋におられる」
「まだ? どうして」
警部は揣摩の問いかけに応えず、萠黄に視線を戻し、
「いいかな。冷静に聞いてほしいんだが、あなたのお母様は、その──ちょっと運び出せない状態でね」
「そんなに……良くないんですか?」
「いや──うまく説明できないんだが」
警部は深いしわの刻まれた顔を奇妙にゆがめた。
「会わせてください!」
萠黄は必死の形相で警部に詰め寄った。
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