萠黄とむんの乗った電車が、大阪へと向かっていたその頃──。
「発見しました!」
絶叫に近い声が、部屋にいた者たちの耳を叩き、つづいて大きなどよめきを呼び起こした。
誰もが自分の席を離れ、声の主のそばに駆け寄った。
部屋の隅で、計画書に目を通していた髭の男も立ち上がり、小走りに近づいてきた。
声を上げた若者は、
「みんなどけどけ。隊長をお通ししろ!」
と周囲の人間たちを手で追い払う。隊長と呼ばれた髭の男は、若者の前にあるディスプレイ画面に顔を寄せると、これですと指さされた箇所をじいっと見つめた。
『まだ右と左は逆転したまんまだけどね』
「──なるほど。可能性はありそうだな」
つとめて冷静さを装いながら、次の行に目を移した。
『明日起きたら元通りになってたりするかもしれません。ちょっとだけ期待してます。』
「……“リアル”だ」
隊長の断定する口振りに、若者たちは「やった!」と口々に連呼し、拳を突き上げた。
隊長は、歓声が鎮まるのを待って、発見者である若者に位置を確認させた。
「GPSスキャンによりますと、これは奈良市内ですね。メールが発信されたのは、今から二十分前です」
若者が操作すると、部屋の一角に掲げられた大型スクリーンに関西の地図が投影された。中心あたりで赤い光が点滅している。
「名前は?」
「お待ちください」
若者が操作すると、画面にメールのヘッダが拡大表示された。
『差出人dミツシマ モエギ』
「女性か……」
隊長は鋭い一瞥でその名前を脳裏に刻むと、彼の指令を固唾を飲んで待っている隊員たちに顔を向けた。
「今度こそ確実に“リアル”を確保せねばならない。第一班、出動だ!」
おお! と鬨(とき)の声が上がる。
「関西支部にも連絡を入れておけ。第二班以下は、次の“リアル”探査を続行すること。以上!」
了解、と若い返事が凛として響き渡った。
萠黄は大学の正門を前にして、帰りたくなっていた。
どうにかここまでたどり着くことは──まさにたどり着くという表現がピッタリ──できた。
途中の乗換駅で、バイト先に向かうむんと名残を惜しんだ後、ひとりで支線の各駅停車に乗り、ひとりで駅を降りて大学通りを抜け、ここまで歩いてきた。
他人が見れば、単なる通学だが、萠黄にとっては大仕事だった。ましてや四ヶ月ぶりの登校ともなればなおさらだ。
すでに萠黄は、エネルギーの半分以上を消費した気分になっている。帰りの分はどうしよう。
赤レンガを積み上げた意匠の正門。その前に突っ立つ萠黄の脇を、学生たちが次々と門の中へ吸い込まれていく。
萠黄は一歩前に踏み出した。ここまで来て帰ったら苦労が水の泡だ。むんの心遣いを無にすることにもなる。
むんはわざわざ大学の教務課に問い合わせてくれたらしい。昨日の後期初日のオリエンテーションに出られなかった者だが、なんとか配慮してもらえないかと。教務課側は構わないとていねいな返事をくれたそうだ。萠黄が自分で電話していたら間違いなく小言をくらったろうが、北海道事件の遺族であるむんは、大学の広告塔の一翼を担っている。だからなんでもハイハイ聞いてくれるのよ、とこれはむんの言である。
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