8月25日(木)


畑と遠景  目が覚めると9時20分。
 私と栗田氏は直ちに朝食をいただきに階下に降りた。
 言い忘れたが、宿泊施設は2階にかためられているのだ。
 さて食卓に並べられた品々は眺めていても楽しい。
 パンはスライス、クロワッサン、丸型が一皿にてんこ盛り、ジャムは4種類も用意されている。
 普通のストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、そしてもう1個は・・・・・・記録になし!。
 コーヒーが旨いなぁ。水が良いから?
 しかし山パン型のチーズはまずかった。
 食事中、私達の周囲を飛び回る2匹の蝿が極めて騒々しかった。
 昨夜も部屋の中を飛んでいたし、スイスには蝿が多いのだろうか?

 外出した私達は昨日の郵便局へ行き、私は大学の担当教授に絵はがきを出した。
 そしてスーパーマーケットでバナナ3本を調達。
 栗田氏はコーヒー牛乳、パンチューブ入りの正体不明の食物?を購入。
 これは後でカラシと判明したが、歯磨きチューブ程の大きさがあるため困ることになる。
 このマーケットは普通の建物の1階を売り場に改装しただけのもので、通常のマーケットのようにガラス張りの明るいような代物ではない。
 さて買物も終わり、外に回って小さなショーウィンドウを眺めているとMaienfeldの文字と絵の入った皿やコップなどが陳列されていた。
 その、その中にあの日本のTVアニメ『アルプスの少女ハイジ』のハイジとペーターと犬のヨーゼフが、TVそのままに描かれているコップや皿が“子供用”として置かれていた。
 以前に聞いた話で、日本製のこのアニメをスイスで放映したとき、この作品がスイスで作られたと信じて疑わなかった人がいたという。

 マイエンフェルト村の中を歩いていると目につくのが、花だ。
 噴水の周囲、窓辺、門柱などを飾る赤やピンクの花。
 歩道に置かれた樽から伸びる植物。
 新田次郎は著書の中で、スイス人はこれらの巧みな飾り付けを観光国として意図的に行っていると書いていた。
 案外、本当かも知れない。
 スイス人達はいつも外国人達の目線を気にしているのかも知れない。
 建物の白い壁を飾る美しい絵や日時計も秀逸である。

 昨日、手に入れた日本語の解説付き案内地図を見ながら、私達は山へ向かってズンズン進んでいった。
 この道はハイジがおばさんに連れられて初めておじいさんに会いに行った時に歩いた道だろうか。
 どんどんと登って行くと、道は完全に山道と化した。
 もちろん舗装されていない。
 途中で道の右下の方角にペーターの家を見つけた。
 しかし降りて行くのも大変と考え、ペーター家訪問は断念した。
 さらに進む。
 突然、栗田氏が悲鳴を揚げた。
 「ウワァッッ!」
 彼の視線の先は道の中央に注がれていた。
 そこにいたのは‥‥‥ナメクジだった。
 体長20cmはある。信じられない。
 さすがスイスだ!

 途中で後方からバイクに乗った男がやってきて私達の間を素通りし、登っていった。
 その前方を見ると空が広がっている。
 峠が近づいたようだ。
 さらに近づくとカウベルの音がカランカランと聞こえる。
 登り詰めた私達の見たものは牛の群れ。
 群れといっても広い草原にチラホラといったところ。
 さらに道なき道を行くと柵が見えた。
 車やバイクの轍が閉まっている柵の入口を通り過ぎているので、私達は構うもんかと柵の間をくぐり抜けてグングン進む。
 そしてついに見つけました!
 ハイジの家。牛もいるいる。
 しかし家に近づくまで私達は足元に気を配らねばならなかった。
 特大の牛糞がアッチコッチの草の上に落ちているのだ。
 誤って踏むと足首まで沈んでしまいそうだ。

 こうしてようやくたどり着いたハイジの家の前には先ほどバイクで坂道を登って行った男が休んでいた。
ハイジのおじいさん  そして、そして、アルムおんじがいた!
 老人は長い髭をたくわえ、パイプをくわえており、アニメそのものだ。
 もっとも眼光はアニメのように鋭いものではなく、遠来の客を迎える柔和なものであった。
 私達は老人に近づき、日本から来たと言って握手した。
 老人と並んでの記念撮影の後、山羊の小屋を見せてもらった。
 狭い空間にずっと閉じ込められているのだろうか、3匹の山羊よりも、糞の山が目を奪い、においが鼻をついた。
 私達は家、というより小屋の中へ招じ入れられた。
 1階は台所と広間があり、2階にはハイジが寝たのだろうか、ベッドが2つと正面に開いた四角の窓があった。
 アニメでは丸い窓だったのだが。
 小屋の中には老婆もおり、私達は彼女がくれた山羊のミルクを飲ませてもらった。
 正直言ってキツいクサ味があり、お世辞にも旨いとはいえなかったが、顔には感謝の表情を表そうと努力した。
 老人がノートを持ってきたので見ると、中にはこれまでにハイジの家を訪れた旅行者達が書いたサインや落書きでいっぱいだった。
ハイジの家  各々の名前や小屋の感想などが、ぞれぞれの書き方で書かれており、日本人も多く、栗田氏は彼と同じクラスの人間の名前を発見したりした。
 もちろん私達も書き込んだ。
 私が“Ich liebe Heidi”と書いたのを見て老夫婦は微笑んでいた。
 この小屋はハイジファンのために村か地方自治体か誰かが建てた物だ。
 だから老夫婦はシーズンの間はここに住み込み、訪ねてくるファン達の応対をするのが仕事なのである。  でもお金を取らないのが何より嬉しかった。
 外に出て栗田氏が小屋をスケッチする間、私は老人にトイレを貸してほしいと頼んだ。
 彼は小屋の裏にあると言うので行ってみると、何ともはや簡易なトイレ。
 穴が掘ってあるだけだ。もちろん周囲は板で囲んであったのだが。

 私達は老夫婦にいとまを乞い、さらに道を進んだ。
 小屋を越えると後は下り坂であった。
 途中、周囲一面緑の草原という、一種幻想的な場所で、パラパラと降ってきた雨を避けて木の下のベンチに座ってパンとバナナを食べた。
 雨霧のむせぶマイエンフェルトも大変良い。

 山を降りると葡萄などの畑が広がっている場所に出た。
 すべて石とコンクリートの壁が取り囲んでいる。
 壁の高さは私の胸辺りだろうか。
 記憶違いでなければ、この高さは牛が越えられない、もしくは入って来れないようにとして決められたという。
 なるほど、しかし見栄えとしても、ただのノッペリとしたコンクリート・ブロックの壁よりも遥かに素晴らしいと思う。

 ハイジの原作者ヨハンナ・スピリの散歩道と名付けられた詩的な場所を通り抜け、宿の方へ歩いていると雨が本降りになってきた。
 私はショルダーバッグの紐にくくり付けておいたウインドブレーカーを着込んだ。
 そして私達は急ぎ足で宿へと戻った。
 とりあえず、これでマイエンフェルト訪問の目的は達成したわけだ。

 夕食は悩んだあげく、メニューの中の、前日選んだものの一つ下を頼んだ。
 旨かった。
 そしてスイスでは(ドイツでも同じかも)フライドポテトは必ず添えられるもののようだと薄々気がついたのだった。




《データ》
8月25日 木曜日
天候曇りと雨
訪問地Maienfeld
宿泊先RESTAURANT ALPENROSE(Bahnhofstrasseを直進, 初の十字路のすぐ右側にコーラの看板で見える)
宿泊料22SFr(朝食, シャワー込)
食事宿でパン(うす切り1.5枚, クロワッサン, 丸), ジャム4種, コーヒー, わけのわからんチーズ
山でパン, マヨネーズ, バナナ
宿でカツ, フライド・ポテトチップ, いんげん, ミックスサラダ, ワイン, ビール
出費バナナ1.80SFr (216円)
夕食+ワイン+ビール15.60SFr (1,872円)
宿泊料22S.fr (2,640円)
合計39.4SFr (4,730円)