物理学界の「変わり者」…万有重力

 「万有重力」(「万有引力」または単に「重力」とも呼ぶ)は次に述べる点で他の「力(特に電磁気力)」と根本的に異なっている。

 すなわち、万有重力はその力が働いた結果、さらにその「力」を強くするという性質を持っているのである。(なお、万有重力のこのようなメカニズムのことを一般に「正のフィードバック」と呼ぶ。)この「万有重力」が支配的な空間を「重力場」と呼ぶが、この「重力場」は中心へ向かう力が働いており、まわりの空間にある物質を呑み込むという点では「低気圧」にきわめてよく似ているのである。しかし、「低気圧」はそのまわりの大気を吸い込んだらその勢力が弱くなり、ついには消滅してしまう。一方、「重力場」はそのまわりにある物質を呑み込めばますますその「重力場」は大きく強くなる。すなわち、「重力場」は永久に拡大し続ける(後で述べる量子物理学的効果を考えると「重力場」が縮小、消滅することも可能である)という実におぞましい性質をもっているのである。

 また、「電磁気力」は2物体の電荷(万有重力では質量がそれにあたる)にそれぞれ比例し、2物体間の距離の−2乗に比例するなど万有重力によく似た性質をもっている。しかし、「電磁気力」は2物体の電荷が異種ならば「引力」、同種ならば「斥力」となり、この点に関してはちょうど「万有重力」と反対(もっとも、負の「質量」なるものは実在しないが)となっているのである。そして、「電磁気力」のこうした性質が「電磁場(電磁気力が支配的な空間)」はそのまわりの電荷を帯びた物質を呑み込んだ結果その「電磁場」は衰弱ないし消滅するという「万有重力」とはまさに対照的な結末をもたらしているのである。

 このように、万有重力以外の「力」はすべてその「力」の原因となっているものを相殺させる方向に働くのである。自然界のこうした傾向は他にも「ル・シャトリエの法則」などにも見られる。すなわち万有重力以外はすべて「物質」、「エネルギー」、「電荷」などの分布を一様にする方向に働くのである。

 万有重力以外の「力」のこのようなメカニズムを「負のフィードバック」と呼び、この「負のフィードバック」を持ったシステムはその変動が小さくきわめて安定している。それに対し、「万有重力」のように「正のフィードバック」を持ったシステムはいずれ必ず暴走し、そのためきわめて不安定である。

 そして、「万有重力」以外にも「正のフィードバック」を持ったシステムは存在するのである。このシステムが生物界における「弱肉強食」の生存競争のシステムなのである。つまり、「弱肉強食」とは強い生物が弱い生物を食ってますます強くなるというしくみのことである。そして、われわれの作った社会も(決して好ましいことではないが)「富むものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる」という一種の「弱肉強食」の世界なのである。

 なお、こうした実におぞましい性質をもつ「万有重力」は「熱エネルギー」と共に「物理学界の変わり者」と呼ばれている。そして、「万有重力」が関係する物理現象は不可逆(万有重力によって物質が集中すればそれを再び分散させるのはきわめて困難である)であることも同じ「変わり者」である「熱エネルギー」によく似ている。実際、「重力場」にも「熱エネルギー」と同じく「エントロピー」(当然のことながら、重力場の規模が大きいほど「エントロピー」も大きい)を定義することができ、先述のことから明らかだが「重力場」の規模はつねに増大するという一種の「エントロピー増大の法則」がなりたつのである。

 解説…「万有引力」は「万有重力」あるいは単に「重力」とも呼び、実はこの力の呼称としては「万有引力」よりも「万有重力」のほうがはるかに適切である(「万有重力」なる呼称は一般にはほとんど用いられていないが本書ではこの呼称を「万有重力」に統一している)。なぜなら、「引力」という用語の意味は「ある物体に向かう方向に作用する力」であり(したがってこの語の対義語は「斥力」である)、「力」全般に対する呼称だからである。

 また、「重力」という用語の意味は「すべての物体が等しく受ける加速度(「力」ではないことに注意せよ)」であり、もちろん「重力場」という語の語源もここから来ている。なお、「重力」はgravity、「万有引力」はuniversal gravitationの訳語であり、語源から考えてもこの語は「万有重力」(「すべての物体にはたらく、「重力」の役目をする力」という意味である)と訳したほうが適切である。

ブラックホールの「天敵」…トンネル効果

 ところで、光さえもそこから脱出できないほど巨大化した重力場は俗に「ブラックホール」と呼ばれている。この「ブラックホール」は「宇宙の台風」とも呼ばれているようにその性質が(一つを除いて)「台風」に実によく似ているのである。ただし、「台風」はほうっておくと衰弱、消滅するが「ブラックホール」は放置しておくと永久に発達し続けるという点でこの「ブラックホール」は「台風」とは根本的に異なっている。この理由は先述の「重力場」のところで述べてある。つまり古典物理学では「ブラックホール」は全宇宙の物質を呑み込むまで成長し続け、その結果宇宙の全物質が1つの「ブラックホール」に集中してもう呑み込む物質がなくなったときにようやく「ブラックホール」は成長を止め、定常状態に落ち着くのである。

 しかし、量子物理学による計算の結果、「ブラックホール」は呑み込む物質がなくなれば次第に縮小し、やがて消滅することが明らかとなった。この「ブラックホール」を消滅させる原動力となっているのが不確定性原理による効果(「トンネル効果」という)なのである。

 「トンネル効果」とは、「不確定性原理」により粒子の「エネルギー」、「位置」、「速度」などが不確定なために「重力場」などのポテンシャル障壁を乗り越えれる(古典物理学では不可能な場合でも)という現象である。この「トンネル効果」のおかげでこの世で最も速く進む「光」でさえも抜け出せないはずのブラックホールからも通常の粒子が抜け出すことができるのである。その結果ブラックホールは次第にその質量を減少させ、ついには消滅するのである。しかも不確定性原理は小さい物体ほど強くはたらくので小さいブラックホールほど速く縮小するのである。(ただし、プランク定数はきわめて小さいので太陽質量以上のブラックホール(「天体物理学的ブラックホール」という)ではそれが消滅するまでに10^100年以上かかる)

 また、「トンネル効果」以外にも量子物理学的な効果がこの非常におぞましい「万有重力」に対抗する「力」となっている例はいくらでも存在するのである。例えば、ブラックホールほどではないが非常に密度の大きい天体として「白色矮星」および「中性子星」が存在するが、この両者の中間の密度(白色矮星、中性子星の密度はそれぞれ10^6g*cm^-3、10^14g*cm^-3程度で、後者は前者の約1億倍の密度をもっている)をもつ天体は存在しないのである。

 この理由は、先述のとおり電子は決められたとびとびの軌道以外の軌道での公転を許されないからである。つまり、「白色矮星」をつくっている物質はその原子の外側を回る電子がはぎ取られてその結果原子の体積が小さくなり、その結果としてきわめて「高密度」の物質でできた「白色矮星」がつくられるのである。しかしこの「白色矮星」よりも質量の大きな天体の場合は、公転している電子による圧力では自らの重力による圧力に負けてしまいその結果裸の「原子核」(もちろん「中性子」だけでできている)だけでできた天体(「中性子星」という)ができるのである。そして、この「中性子星」よりもさらに質量の大きな天体の場合には、この天体を構成している「中性子」自体が事実上ゼロの体積(実際には一般相対論的効果のため体積がゼロにはならない)にまで圧縮され、その結果お馴染みの「ブラックホール」が生じるのである。

 しかし、それでもこの量子物理学的効果が「弱肉強食」のおぞましい性質をもつ「万有重力」に対抗できる唯一の「力」であることはまぎれもない事実である。

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