「物理定数」は無次元量である

 ご存知のとおり、「長さ」、「時間」、「エネルギー」、「質量」などの物理量を表すには「メートル(m)」、「秒(s)」、「キログラム(kg)」などの「単位」というものを用いる。このうち「メートル」は地球の大きさから、「キログラム」はこの「メートル」と水から、「秒」は地球の自転と公転から定義されたことは世間でもよく知られている。

 ところで、近代以降の物理学の発展により、これらの物理量は決して互いに独立したものではなく、乗法や除法によって互いに密接に結ばれていることが明らかになった。たとえば、速度は単位時間内に物体が進む距離(もちろんこれは「長さ」の一種である)なので「長さ」/「時間」という関係式で表せる。このことを物理学では「「速度」は「LT^-1」という次元をもっている(Lは「長さ」、Tは「時間」、Mは「質量」)」と表現する。他の例では、「力」は単位質量の物体に対して単位時間内に生じさせる速度の変化として表されるので「「LMT^-2」という次元をもっている」と表現されるのである。

 このように、独立した「単位」(「基本単位」と呼ぶ)を定義するのは必要最小限にとどめ、ほかの「単位」はこの「基本単位」のべき乗と異なる「基本単位」同志の積だけで表そうとするしくみのことを「単位系」という。この「単位系」として現在世界で最も広く用いられているのは言うまでもなく「SI(国際単位系)」である。ただし、「力」のように頻繁に用いられる物理量に対する単位については固有の名称が与えられている。例えば「力」の場合はその単位は「ニュートン(N)」であるが言うまでもなくこれは「kg・m/s^2」と同じ意味である。

 ところで、同じく物理学の発展により、これらの物理量は任意の値をとれるわけではなくある「最大値」、「最小値」が存在することが明らかとなった。例えば、前節でも述べたとおり光速度よりも速い「速度」は存在しないのである。この理由は(一般にはほとんど知られていないが)「速度」というものが4次元時空間におけるある「角」の三角比だからである。そして「光速度」に対応するこの「角」の大きさが無限大になるからである。

 ところで、「光速度」のように特別な意味をもつ物理量を「物理定数」という。この「物理定数」は「定数」という名のとおり時間的にも空間的にもほんの僅かの差もなく一定である。それだけでなく、「光速度」、「万有重力定数」、「真空の誘電率、透磁率」などのようにほとんどの「物理定数」がわれわれが住んでいる「空間」の構造と密接に関係しているのである。

 したがって、上記のことからもわかるように「物理定数」を基本単位とした単位系を作ると極めて都合が良いことがわかる。事実、「長さ」、「時間」、「質量」の3つが「基本単位」に選ばれたのはこれらの3つの物理量が最も古くから知られていたからにすぎないのである。実際、単位系を作るには最低3つ(電磁気に関する物理量をふくめると4つ、これに熱に関する物理量をふくめると5つとなる)の物理量が「基本単位」として必要であるが、「基本単位」として選ぶ物理量はどんな物理量でもよいのである。

 それだけでなく、(次でくわしく述べることだが)「物理定数」の実数倍(正確に言えば虚数倍もある)にあたる物理量は数学的な意味を持っているのである。この理由は、物理学的には「物理定数」を「無次元量」であるとみなすことができるからである。なお、「無次元量」とは「角度」のように同次元の物理量同志の割り算で表される量のことで、他のどんな物理量でこれを表してもその冪は必ずゼロとなる。したがって、「無次元量」というのはいわば「定数」のことなのである。

「無次元量」には数学的な意味がある

 ところで、「角度」は無次元量であるが、この理由は言うまででもなく「角度」が図形の「形」と密接に関係した量だからである。さらに言うと、「形」というものは「図形」の「縦」と「横」の長さの比率のことなのである。もちろん、一般の図形は「縦」と「横」の長さだけで表せるほど単純な形をしていないが、「長方形」や「楕円」など単純な形をした図形の「形」は縦横の長さの比率だけで表すことが可能である。

 したがって、普通は「角度」は「物理学」ではなく「数学」(もっと細かく分類すれば「幾何学」)で扱われている。なぜなら、「角度」にはこのようにちゃんと数学的な意味があるからである。さらにこの理由は「図形」が存在するために必要不可欠な「空間」というものに数学的な意味があるからである。なお、前節で述べたとおり物理学では3次元空間以外の空間を考えないが、数学ではどんな次元数を持った空間でも考えることが可能である。

 ところで、「相対性理論」により「時間」と「空間」を共通の単位で表すことが可能だということが明らかとなった。したがって、この「4次元時空」にも「角度」という概念はもちろん存在する。しかも実は「速度」というものは相対性理論によると「時空間」におけるある「角」の三角比なのである。

 ここで「相対性理論」における2つの速度の「合成速度」を求める公式 V=(Ua+Ub)/(1+Ua*Ub/c^2) を思い出してもらいたい(この式でVは速度UaとUbの合成速度、なおc=2.9979*10^8m/s)。この式をよく見ると三角比の「加法定理」の公式 tan(a+b)=(tan a+tanb)/(1-tan a tan b)にそっくりである。しかも tan a=jUa/c、tan b=jUb/c (j=√-1)とおくと上の2式はまったく一致する。ここで「オイラーの公式」( e^jx=cos x+jsin x )を使うと sin θ=(e^jθ-e^-jθ)/2j 、cos θ=(e^jθ+e^-jθ)/2 よりtan θ=(e^jθ-e^-jθ)/(e^jθ+e^-jθ)/j となる。

 したがって、「速度」は「時空間」における一種の「三角比」なのであるがその値が「虚数」になっていることが上の式から直ちにわかる。したがって、「時間」は虚数の「長さ」をもっている、あるいは「長さ」は虚数の「時間」をもっているというふうに2とおりの解釈ができるのである。このように「実数」、「虚数」2種類の「ノルム」(「長さ」のこと)が存在する空間を「ミンコフスキー空間」と呼ぶ。

 この式を用いて1j°という角度(ユークリッド空間における1度と同じ大きさとなる)に相当する速度を求めると約5、232km/s(参考までに、地球の公転速度は約30km/s、同自転速度(赤道上で)は約463m/s、音速度は約340m/sである)という非常に大きな値となる。このことがわれわれが日常生活では相対性理論を必要としない理由である。また、この式を用いて光速度に対する角度を求めるとその値は∞j°となる。したがって、光速度は言わばニュトン力学における「無限大」の速度に相当するものと考えることができるのである

 その他の例として、熱容量が「ボルツマン定数(1.3807*10^-23J/K)」という物理定数と同次元の物理量であることがあげられる。ここで「ボルツマン定数」とは「単位温度において、1エネルギ−種あたりに分配されるエネルギ」のことである。したがって、この「ボルツマン定数」は「エネルギー/温度」という次元をもった物理定数なのである。この理由は、気体については(厳密には固体や液体ではなりたたない)「同じ温度において、分子の運動の自由度1つあたりに分配される平均のエネルギ−は、分子の種類によらず同一である」という「エネルギ等分配の法則」がなりたつからである。

 したがって、この法則から「熱容量」はその物質を構成している分子の個数で決まることがわかる。このことが、大きな原子や分子からなる物質は小さな原子や分子からなる物質よりも比熱(単位質量あたりの熱容量)が小さい理由である。例えば、「鉄」や「銅」は「アルミニウム」よりもはるかに比熱が小さいが、この理由は言うまでもなく「鉄」や「銅」が「アルミニウム」よりも原子量(原子、分子の相対質量をそれぞれ「原子量」、「分子量」という)が大きいからである。

 また、「ボルツマン定数」を無次元量とみなすと、「温度」は何と「エネルギ」と同次元の物理量になることが直ちにわかる。この理由は言うまでもないことだが「熱容量」が「ボルツマン定数」と同次元だからであり、さらにその理由は「分子」や「原子」の個数が(当然のことだが)無次元量だからである。なお、「分子」や「原子」の個数は物理学で使う「質量」と区別して「化学質量」と呼び、この「化学質量」は「mol」という単位で表される。また、1molあたりの「分子」や「原子」の個数は「アボガドロ数(6.022*10^23)」と呼ばれている。

NEXT

HOME