低温は「無料」では作り出せない

 ところで、熱エネルギーにはそれを「仕事」として利用しようとするときにはそれよりも低温の物体が必要となること以外にもう一つ熱エネルギーにしかない奇妙な性質が存在するのである。この性質とは、物体から熱エネルギーを奪うのにエネルギーが必要となるという性質で、このことはまさに前者の裏返しといえる性質なのである。

 つまり、熱機関の効率は高温部および低温部の温度によって決まり、高温部と低温部の温度差が大きいほどその熱機関の効率は良くなることが先述の「エントロピー増大則」を用いて証明されている。これを式で表すと、η=1-t/T(ηは熱機関の最大効率、T、tはそれぞれ高温部、低温部の温度)なる式で表される。ここで、温度の単位には絶対温度(0℃=273.15Kとする。温度間隔はセルシウス度と同じ。)を用いることに注意せよ。

 この逆に、低温の物体から高温の物体へ熱エネルギーを移すには外部から熱エネルギー以外のエネルギーを供給する必要があるのである。したがって、ものを冷却しようとするときには必ず「熱」以外のエネルギーが必要となるという、一見不可解な事実が生じるのである。

 このように、力学的エネルギーなどを用いて低温の物体から高温の物体へ熱エネルギーを移動させることは「ヒートポンプ」(冷蔵庫、クーラーもこの「ヒートポンプ」の一種である)として実現されている。この「ヒートポンプ」の機能はちょうど熱機関と反対である。したがって、低温の物体から高温の物体へ熱エネルギーを移す行為は熱機関の「逆行運転」と呼ばれている。なお、逆に熱機関に仕事をさせる行為は「順行運転」と呼ばれている。

 また、この熱機関を逆行運転させる場合には理想的な熱機関の場合その外部から供給したエネルギーの(t/T)/(1-t/T)倍(T、tの意味は上記と同じ)の熱エネルギーを低温部から奪うことができることが同じく「エントロピー増大則」を用いて証明されている。この式はまた熱機関の「順行運転」、「逆行運転」いずれのケースでもそれが理想的である場合、またそのときに限りそれによって総エントロピーが変化しないことをも示している。

 また、この事実は同時に低温部の温度が低くなるほどそこから熱エネルギーを奪うことが難しくなり、絶対零度になると熱エネルギーを奪うことが絶対に不可能となることをも示しているのである。したがって、低温部から高温部へ熱エネルギーを移すという操作を有限回繰り返したのでは物質の温度を絶対零度にすることは出来ないのである。

ほとんど知られていない「熱力学第三法則」

 ところで、熱力学の法則にはこの他にもう一つの法則が存在するのである。この法則は、「どんな方法をもってしても物質の温度を絶対零度(-273.15℃)にすることは不可能である」という意味の法則で、この法則は「ネルンストの熱定理」または「熱力学第三法則」と呼ばれている。しかしこの「熱力学第三法則」は世間では全くといってよいほど知られていない。

 しかも、よく考えてみるとこの「ネルンストの熱定理」(別名「熱力学第三法則」)は「エントロピー増大則」(「熱力学第二法則」はその一部である)の「系」なのである。

 したがって、先述のとおり「熱力学第三法則」は「エントロピー増大則」の例としてこの法則にふくまれているのである。また、言うまでもないことであるがこの「エントロピー増大則」こそがエネルギー、運動量、電荷などの保存則と同じく物理学における基本法則なのである。

「エネルギー」よりも「エクセルギ−」のほうが実感に合う

 また、この理論から低温の物体があればそれを利用してエネルギーを取り出すことが可能なことが予想できるのである。この原理は凝縮天然ガス(「液化天然ガス」なる表現は誤りである。)による冷熱発電(凝縮天然ガスの入った容器に水をかけて沸騰させ、そのときに生じる圧力でタービンを回して発電する)として実際に応用されている。このしくみは水蒸気を天然ガスに置きかえるとちょうど蒸気タービンのしくみと同じである。ここで凝縮天然ガスにエネルギーを与えているのは何とそのまわりの物質(通常「水」が用いられる)なのである。したがって、この熱機関のエネルギー源はそのまわりの物質であると考えなければならないのである。

 しかし、この事実はわれわれの常識と大きく食い違っている。すなわち、そのまわりの物質は凝縮天然ガスのようにそれよりもはるかに低温の物質と熱交換しなければエネルギー源として利用することができないのである。また、先述のとおり物質を冷やすには必ず熱エネルギー以外のエネルギーが必要なのである。したがって、見方を変えると低温の物質を使用してそのまわりの物質からエネルギーを取り出すという行為はその物質を冷却するために使用したエネルギーの一部を回収する行為であると解釈できるのである(もちろん凝縮天然ガスの製造にも大量のエネルギーが使用されている)。

 この考えを一般化すると、エネルギーをわれわれが利用できるものと利用できないものに分けるという考え方となるのである。ここで利用できるエネルギー、利用できないエネルギーをそれぞれ「エクセルギー」、「アネルギー」と呼び、エネルギー量が等しい場合にはそれに伴うエントロピーが多いほどそのエクセルギーが少なく、アネルギーが多いものとする。そして熱エネルギー以外はそのエネルギー量とエクセルギー量は等しいものとする。したがって、「エントロピー増大則」なる法則は「すべてのエネルギーは『熱』へと変化しようとする傾向がある」なる表現に言いかえれるのである。

 この「エクセルギー」なる概念を用いると、低温の物質はもちろんそのエネルギーは少ないが、むしろそのまわりの物質よりもエクセルギーが多いことになるのである。したがって、この考えによると低温の物質を一種の「資源」(もちろん「エネルギー源」ではなく「エクセルギー源」のこと)と考えることができるのである。

 そして、むしろ「エントロピー増大則」を「エクセルギー減少則」と言いかえたほうがわれわれの感覚に合っているのである。なぜなら、先述のとおりエントロピーが多いということはすなわちそのエネルギーが利用しにくいことを意味するからである。したがって、このことはエクセルギーが少ないことを意味するのである。このように、多いほど悪いもの(したがって、マイナスの価値を持つもの)を「増大」と表現することはわれわれの実感に即した表現ではない。したがって、先述のとおり「エクセルギー減少則」のほうがわれわれには理解しやすい表現となるのである。なお、「万事は悪いほうへ向かう」ということわざがあるが、もちろんこのことわざの意味は「覆水盆に帰らず」とまったく同じであり、いずれも「エントロピー増大則」(および「エクセルギー減少則」)を言い表しているのである。

 なお、あたりまえのことであるが「価値」は物理学の対象にはなり得ないのである。なぜなら、「もの」の「価値」なる概念はそれを「利用」する者(「生物」のこと)が存在してはじめて成立する概念であり、したがって普遍的な概念ではないからである(われわれが知りうるかぎりこの物質界で生命が存在するところは地球の表面だけである。)。このように、物理学の対象となるにはまず第一に「普遍性」(どこにでも存在していること)が要求されるのである。

 また、言うまでもないことであるが絶対に「エネルギー」を「消費」すると表現してはいけないのである。なぜなら、「エネルギー保存則」のとおりエネルギーはその形態が変わることはあっても決してその総量は変化しないからである。したがって、「エネルギー」に関してはもちろん「使用」すると表現せねばならないのである。なお、「エネルギー」ではなく「エクセルギー」についてはもちろん「消費」するという表現が許されるのである。なぜなら、先述のとおり「エクセルギー」は使用すればその総量が減少するからである。

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