ほとんど知られていないがきわめて大事なこと

 先述の「ケプラーの法則」はまた、円以外の軌道を描いて公転している天体は中心天体に近いところを公転しているときほど大きな速度で運動していることをも示しているのである。ただし、この事実は世間ではほとんど知られていないことではあるが、このように公転天体が中心天体に近いほど大きな速度で運動していることはエネルギーおよび角運動量の保存則の結果であって、中心天体に近いところほど万有重力が強くなることとは何の関係もないのである。

 すなわち、先述のとおり「面積速度一定の法則」から近点と遠点での公転速度の比は近点距離と遠点距離の逆比となっているのである。このことから、近点と遠点での公転角速度の比は近点距離と遠点距離の比の-2乗に比例することが導き出せる。この比は「公転周期の法則」における公転速度や公転角速度の比とは微妙に異なっている。つまり、「公転周期の法則」から軌道が円である場合、公転速度、公転角速度はそれぞれ軌道半径の-1/2乗、-3/2乗に比例することがわかる。つまり、近点と遠点での公転速度の比は「公転周期の法則」から求めた公転速度の比よりも大きくなっていることに気付くであろう。

 実は、この両者の微妙な差異こそが近点や遠点における遠心力(上の文章から近点と遠点での遠心力の比は近点距離と遠点距離の比の-3乗となることがわかる)と向心力の違いであり、したがって近点において中心天体に呑み込まれたり、遠点において中心天体の引力を振り切って宇宙の彼方へ逃げ出したりしない理由なのである。すなわち、近点において遠心力が向心力よりも大きくなり、遠点においてその逆になるからこそ中心天体からの距離が一定の範囲内で周期的変化をすることが可能なのである。このことに関しては、「ケプラー運動」を「単振動」と対比させて考えるといとも簡単に理解できる。

 なお、円以外の軌道上を公転している天体が中心天体に近いときほど速く公転運動する理由およびその理由が軌道長半径が小さい軌道上を公転している天体ほどその平均公転速度が大きくなる理由とは異なることは学校教育ではまったくといってよいほど扱われていないが、このことはきわめて重要なことであり、したがって学校教育でももっとこの事実を強調して教えるべきである。

 つまり、(このことは後で詳しく述べることだが)中心力が距離に対してどのような関数であっても必ず近点と遠点での公転速度の比がその近点距離と遠点距離の逆比となり、したがって近点と遠点での遠心力の比がその-3乗となるがゆえに、中心力が距離の何乗に比例するかによってそれによる運動のしかたが変わってくるのである。(例をあげると、中心力が距離の-3乗に比例する場合にはそれによる周期運動が不可能となってくる。)

 また、この事実は公転速度が中心天体からの距離および中心天体の質量のみでは決まらないことをも示しているのである。つまり、中心天体からの距離が等しい場合には軌道長半径が大きい場合ほどその公転速度が大きくなり、この理由は楕円軌道の場合にはその全エネルギーが負となることおよびそれが軌道長半径に反比例するためである。(なお、軌道長半径および中心天体の質量が等しいならばその全エネルギーは軌道離心率の値とは関係なく一定となる。)

 この事実は、任意の中心天体からの距離について2つの宇宙速度(円軌道速度と脱出速度)が存在し、これら2つの宇宙速度の値がそれぞれ異なっていることからも明らかであろう。(脱出速度、円軌道速度がいずれも充分小さく、相対性理論による効果が無視できる場合には脱出速度は円軌道速度の√2(≒1.4142)倍となる。)

 ところで、単振動ではその軌道の両端では速度がゼロとなるがこのときには加速度が最大となる。逆に軌道の中央では速度が最大、加速度がゼロとなる。このように単振動ではその速度と加速度の変化が互いに正反対になっているのである。したがって、このように軌道の中央に近いところほど速度が大きくなる理由は加速度が大きくなるためではなく、別の理由のためであると考える必要がある。この理由は言うまでもなく「エネルギー保存の法則」が成り立っているためであり、さらにこの理由はその中心力が引力であるからである。すなわち、軌道の中央に近いところほどそのポテンシャルが低いので位置エネルギーが小さく、このため「エネルギー保存の法則」から速度が大きくならざるを得ないのである。なお、「エネルギー保存の法則」から単振動ではその速度の2乗と軌道の中心からの距離の2乗との和は一定であるという法則が導かれる。

 以上のことから、「中心力」が引力である限り「中心力」がその「力」の「中心」からの距離に対してどのような関数であっても、その「中心」に近いところにあるほど大きな速度で運動することがわかる。なぜなら、「中心力」が引力であるということは、すなわちそのポテンシャルが最低になるところはその「力」の「中心」であるということを意味するからである。

「多次元」へ拡張した単振動

 ところで、この「単振動」なる運動はその定義を多次元に拡張することができる。すなわち、変位ベクトルに比例した加速度ベクトルによる運動はその加速度ベクトルが向心力ならば周期運動になり、その軌跡は一般に「楕円」(その特別な例として「円」や「直線」の場合もある)となるのである。この理由は、2つの互いに垂直な方向への周期の等しい単振動を合成するとその軌跡は「楕円」になるからである。特に、それら2つの単振動の位相が互いに90゜異なっている場合には、振幅の大きいほう、小さいほうの単振動の運動方向をそれぞれ「長軸」、「短軸」とする楕円運動になるのである。したがって、楕円運動の場合でもその周期は軌道楕円の短軸、長軸いずれの長さ(それぞれ近点、遠点距離を表す)にも関係なく一定であり、この法則が「公転周期の法則」の多次元(1次元の場合は先述のとおりである)の単振動版なのである。

 さらにこの理由は、加速度ベクトルが変位ベクトルに比例する場合はそれによる運動の変位、速度、加速度などを各々の成分に分けて考えることができるからである。さらには、変位、速度の2乗(それぞれ位置、運動エネルギーと関係する)も長軸、短軸方向への成分の和として表すことが可能であり、したがって当然のことながらエネルギー保存則も成り立つである。

 それだけではなく、物体が楕円軌道の短軸、長軸上(それぞれ近点、遠点に当たる)に来たときの速度の比は軌道楕円の短軸と長軸の半径の逆比となるのである。なぜなら、楕円運動している物体の位置エネルギーと運動エネルギーの和もまた長軸、短軸方向への成分の和として表すことができ、その長軸成分と短軸成分の比は長軸半径と短軸半径の比の2乗となるからである。したがって、運動している物体と軌道の中心を結ぶ線が単位時間あたりに描く面積(「面積速度」と呼ぶ)はその物体が短軸上にあるときも長軸上にあるときも等しくなる。さらには、後で述べるとおり物体が軌道上のどの位置にあるときでも面積速度は等しくなるのである。

 なお、このように楕円運動(直線運動はその特別な例)をしている物体がその軌道の中心に近いところにあるときほど大きな速度で運動していることは、先述のとおりエネルギーおよび角運動量の保存則のためであって、決して中心に近いところほどその中心力が大きくなるためではない。この事実は万有重力がその力の源に近いほど強くなる性質をもつために気付き難いことではあるが、このように「ケプラー運動」を「単振動」と対比させて考えるといとも簡単に分かることなのである。

 また、このように一般には単振動の軌跡が楕円となることは同時にその絶対周期と近点周期の比が2:1となることをも表しているのである。すなわち、単振動ではその力の源が軌道楕円の中心にあり、したがって近点、遠点はそれぞれ軌道楕円の短軸、長軸方向にある。したがって、軌道上に近点、遠点はそれぞれ2つずつあり、物体がこの軌道を一周する間に2回ずつ中心からの距離が最小、最大となるからである。

 この様子は、同じくその軌跡が楕円となるケプラー運動(距離の-2乗に比例する中心力による運動)の場合とは明らかに異なっている。すなわち、先述のとおりケプラー運動ではその力の中心は軌道楕円の片方の焦点上にあり、したがってその軌道上に近点、遠点はそれぞれ1つずつあり、ここがケプラー運動が単振動と異なっているところなのである。

 このように、単振動、ケプラー運動においてその絶対周期と近点周期の比がそれぞれ2:1、1:1となる理由は実はその原因となる中心力がそれぞれ中心力の大きさがその力の源からの距離の1乗、-2乗に比例するからである。さらに、このことは単振動やケプラー運動においてその絶対周期と近点周期の比が近点距離と遠点距離の比(ご存知のとおりケプラー運動では通常その代わりに「離心率」で表される。さらにケプラー運動以外でも先述の近点距離と遠点距離の比から離心率を求める式を用いて「擬離心率」なるものを求め、軌道の形をこの「擬離心率」で表すことが多い。)に関係なく一定であることをも表しているのである。

 なお、この事実は意外なことかも知れないが、このように絶対周期と近点周期の比が整数比かつ近点距離と遠点距離の比と関係なく一定であるのは中心力の大きさがその力の源からの距離の1乗または-2乗に比例する場合だけであること(ベルトランの定理、この定理の証明は非常に難しいので本書では省略する)が証明されている。

 以上のことから、単振動、ケプラー運動いずれの場合でもエネルギーおよび角運動量の保存則が成り立っている(あたりまえのことだが)ことがわかる。したがって、「ケプラーの法則」には「角運動量保存則」だけではなく「エネルギー保存則」に相当する法則が必要なのである。また、単振動の場合その軌道の大きさを表すには近点距離、遠点距離というふうに2つの独立変数が必要であり、このことについてはケプラー運動の場合もまったく同様のはずである。さらには、単振動においてはその周期はばね定数だけで決まるが、ケプラー運動においてこの「ばね定数」に相当するものは中心天体の質量である。

 したがって、学校教育においてケプラー運動をこの単振動と結びつけて教えないのは明らかに間違いである。さらには、教科書での「ケプラーの法則」の記述についても「惑星」や「太陽」(正しい表現はそれぞれ「公転天体」、「中心天体」である)という表現になっている。このことに関しては、学校教育は学者の考えの鵜呑みばかりやっていると結論するしかない。さらに言うと、学校教育はその中でも科学法則に関するところが特にずば抜けてひどいのである(このことについては、他の科学法則のところでも述べる。なお、このきわめて悪しき教育界の体質について、詳しくは本章の最後で述べる。)。

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