軌道の大きさを表すには2つのパラメータが必要
ところで、「ケプラーの法則」のうちの一つ、「2次曲線軌道の法則」(別名「ケプラーの第一法則」、前に述べたとおり「楕円軌道の法則」は誤り)は「万有重力によって天体の運動する軌道は中心天体を片方の焦点とする2次曲線(通常「楕円」または「双曲線」であるが、それらの極限のケースとして「放物線」の場合もある)となる」という意味である。しかし、この法則は(ケプラーが発表した)原文では「2次曲線」ところが「楕円」になっている。しかし、この法則の記述に「楕円」という語を用いるのは明らかに誤りである。なぜなら、先述のとおり万有引力による天体の運動は位置エネルギーと運動エネルギーの和が正ならば決して「楕円」にはならないからである。
これをもっと定量的に表現すると「『近点距離/遠点距離』をf、『軌道の短軸の長さ/長軸の長さ』をgとするとg=2√f/(f+1)となる」なる表現となる。ここでe=(1-f)/(1+f)なる数値eを導入すると(軌道長半径をaとする)近点距離、遠点距離、軌道の短軸の半径はそれぞれ(1-e)a、(1+e)a、a√(1-e^2)で表される。ここで定義した数値eは軌道楕円の離心率を表しており、したがってこの数値は「軌道離心率」と呼ばれている。
そして、ほとんどの場合この「軌道長半径」と「軌道離心率」の組み合わせで軌道の大きさを表す方法が用いられている。なぜなら、この方法は双曲線軌道の場合にも適用できるからである。つまり、双曲線軌道の場合にはa<0、e>1とすれば楕円軌道の場合と同じ方法で公転周期(双曲線軌道の場合には虚数となる)などが計算できるからである。
なお、先述のとおりケプラーは火星の公転運動の観測結果から火星の公転軌道が楕円であることを発見し、さらには「ケプラーの法則」を発見したのであった。しかし、実際には火星軌道の離心率は0.1弱であり(それでも太陽系内の惑星の中では大きいほうに入る)、したがって上の式から火星軌道の短軸と長軸の半径の違いは火星軌道の半径の1/200未満にすぎないのである。このように軌道楕円の短軸と長軸の長さの差は近点距離と遠点距離の差よりもはるかに小さく、したがって彗星軌道のようにその離心率が1に近い軌道でない限り円との識別はきわめて難しいのである。
また、このように惑星や衛星の公転軌道が楕円であることは世間にもよく知られているが、その軌道において中心天体がどこに位置するのかは一般には意外に知られていない。しかし、公転軌道が2次曲線(楕円はその例である)となるケースにはその力の中心が軌道2次曲線の焦点に位置する場合以外にもう一つあり、そのケースとは力の中心が軌道2次曲線の中心に位置するケースであり(このケースとはつまり単振動のことであり、単振動については後に詳しく述べる)、中心力の大きさがその中心からの距離に比例する場合がそれに相当するのである。
また、この「2次曲線軌道の法則」は文章では直接的には述べられていないが、天体が中心天体のまわりを1回転する周期と近点を通過してからから次の近点を通過するまでの周期(それぞれ「絶対周期」、「近点周期」と呼び、天文学ではこのうち「絶対周期」を「恒星周期」ということが多い。)が一致することをも表しているのである。そして、意外なことかも知れないが、後述のとおりこの法則もまた万有重力の大きさが距離の-2乗に比例することを裏付けているのである。
しかし、中心力の大きさが距離の-2乗に比例することからこの法則を導き出すことは実は大変難しいのである。そして、この結果だけ述べると天体の公転軌道が2次曲線になるのも、さらにその軌道が楕円である場合にその軌道長半径、離心率にかかわらずその天体の2つの公転周期、すなわち「絶対周期」と「近点周期」が一致するのも実は中心力の大きさが距離の-2乗に比例する場合だけなのである。
したがって、ケプラーが発表した形式の「2次曲線軌道の法則」はいわばこの法則の幾何学的表現なのである。そしてこの法則の表現形式にはもう一つあり、この表現形式は「2次曲線軌道の法則の代数学的表現」と呼ぶべきものである。これは「公転軌道の長半径、離心率に関係なくその絶対周期と近点周期は等しい」なる表現となる。
「公転周期の法則」に追加すべき独立変数…離心率
さらに、この「2次曲線軌道の法則」を導き出すとその副産物として軌道長半径が等しければ軌道離心率の値と関係なく公転周期が等しくなることと、さらにはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和(=全エネルギー)もまた軌道離心率とは関係しないことが導き出されるのである。また、今導いた法則と面積速度一定の法則から角運動量は軌道長半径が等しくても軌道離心率が異なれば等しくならないことがわかる。したがって、「中心天体からの距離と公転天体の公転速度の2乗との差」と「面積速度」という2つの数値を用いても公転軌道の大きさを表すことができるのである。なお、公転軌道の大きさを表すにはどんな表現形式でも独立した数値が2つ以上必要であることが証明されている。
ところで、この法則を「公転周期の法則」とは別の法則として扱うよりも、むしろ「公転周期の法則」に付加してこの「公転周期の法則」を一般化するほうがより適切である。なぜなら、公転軌道の大きさを表すには2つの独立変数(通常「軌道長半径」と「軌道離心率」が採用されている)が必要だからである。ここで断っておくが、「軌道長半径」、「軌道離心率」は決してそれぞれ軌道の大きさ、形を表すものではない。なぜなら、「形」とは複数の方向への「大きさ」の比率にほかならず、したがって「形」は決して「大きさ」とは独立したものではなく互いに密接に関係しあっているのである。したがって、「軌道長半径」や「軌道離心率」だけでは絶対に公転軌道の大きさは(もちろん形も)表せないのである。
したがって、最も一般化された「公転周期の法則」は「公転周期は軌道長半径の3/2乗、中心天体の質量の-1/2乗にそれぞれ比例する。ただし、軌道長半径、中心天体の質量がいずれも等しいならばその公転周期は軌道離心率の値とは関係なく一定である。」なる表現となるのである。
たとえば、ハレー彗星の軌道はきわめて歪な形をしているが(ハレー彗星の軌道離心率は0.967)、近日点距離0.593AU、遠日点距離34.9AUからその軌道長半径は17.75AU、公転周期は74.7年であり、以上の値から先述のa^3/T^2を求めると1.0022となり、この事実からも軌道離心率がどんなに大きくてもその公転周期は軌道長半径と中心天体の質量だけで求められることが明らかである。ところで、この値は先に述べた地球についての値(1.0000)よりもわずかに大きくなっているが、この理由はハレー彗星が太陽からかなり離れたところを運動するために主として木星や土星の引力を強く受け、このことが太陽の質量が少し大きくなったのと同じ効果をもたらすためである。
軌道上の位置を表すパラメータ…近点離角
ところで、天体の軌道上の位置を表す方法には大きく分けると3つの方法がある。そのうちの一つが天体がその公転周期に等しい周期の円軌道で公転していると仮定したときのその円軌道の中心から見た公転天体と近点のなす角度であって、「平均近点離角」と呼ばれている。この「平均近点離角」はその名が示すとおり時間に対する一次関数で表される。2つ目は中心天体から見た公転天体と近点のなす角度であって、「真近点離角」と呼ばれている。最後は「平均近点離角」からこの「真近点離角」を求めるために考え出された補助量で、公転軌道をそれに外接する円に投影したときのその円の中心から見た公転天体と近点のなす角度であって、「離心近点離角」と呼ばれている。
ところで、軌道長半径をa、軌道離心率をeとするとその軌道の面積はπ√(1-e^2)*a^2なる式で表される。また、離心近点離角をuとすると中心天体、公転天体と近点がつくる三角形の面積は(e/2)√(1-e^2)*a^2sin uで表される。したがって、この三角形の面積は軌道楕円の面積の(e*sin u)/2π倍となっている。したがって、「面積速度一定の法則」から平均近点離角をmとするとm=u-e*sin uなる関係式が成り立つ。ここで角度の単位にはラジアン(rad、360゜=2πradとなる)を用いることに注意せよ。なお、この式は「ケプラー方程式」と呼ばれている。
なお、このように離心近点離角から平均近点離角を求めることは簡単であるがその逆はきわめて難しく、初等関数を有限回使ったのでは平均近点離角から離心近点離角を求めることはできない。したがって、数値計算によりケプラー方程式の近似解を求める以外に平均近点離角から離心近点離角を求める方法はないのである。なお、真近点離角(v)はtan(v/2)=√((1+e)/(1-e))tan(u/2)なる式で表されるが、軌道離心率が充分小さいときにはv=m+2e*sin mなる式で近似することができる。また、このことは軌道離心率が充分小さいときには離心近点離角もu=m+e*sin mなる式で近似できることを意味し、したがって軌道離心率が充分小さいときにはその軌道楕円のもう一つの焦点から見ると天体は一定の角速度(速度ではないことに注意せよ)で運動しているように見えるのである。
これらの3つのパラメータ(いずれも角度で表される)を総称して「近点離角」と呼ぶ。また、v-m(v、mはそれぞれ真近点離角、平均近点離角)なるパラメータを考えてこれを「中心差」と呼ぶ。なお、近点通過から遠点通過、遠点通過から近点通過までの期間はそれぞれ平均近点離角<離心近点離角<真近点離角、平均近点離角>離心近点離角>真近点離角となることが上の式からただちに分かる。
なお、近点離角を求めるときには「公転周期」の代わりに「平均公転角速度」(n、Tをそれぞれ「平均公転角速度」、「公転周期」とするとn=2π/Tとなる)を用いることが多い。
なお、地球の場合には近日点通過は例年1月上旬、一方遠日点通過は7月上旬で、そのときの太陽からの距離はそれぞれ147.1Gm、152.1Gmである。したがって、近日点通過は冬至の少し後であり、北半球では冬は夏よりも太陽に近いことになる。また、二至二分(春分、秋分、夏至、冬至の総称をこう呼ぶ)の間隔がそれぞれ異なるのも上記のとおり近点、遠点以外では「平均近点離角」と「真近点離角」が一致しないからである。すなわち、上記の地球の軌道要素から二至二分の間隔を短い順に並べると冬至〜春分、秋分〜冬至、春分〜夏至、夏至〜秋分の順になるのである。
また、余弦定理から動径はr=a(1-e*cos u)なる関係式で表される。この式で特にu=π/2(=90゜)またはu=3π/2(=270゜)のとき(天体が軌道楕円の短軸上に来たとき)には三平方の定理から動径は軌道長半径に等しくなる。このときの天体の公転速度の動径に垂直な方向への成分はその公転速度の√(1-e^2)倍であるが、この比はちょうどこの天体の軌道楕円の短軸の半径の軌道長半径に対する比と一致している。しかも、「面積速度一定の法則」から近点における公転速度はu=90゜のときの速度の√((1+e)/(1-e))倍となるが、このときの公転速度の2乗と動径(中心天体からの距離のこと)の逆数の差がu=90゜のときと等しくなるようなu=90゜のときの公転速度はその軌道長半径(u=90゜のときの動径に等しい)を軌道半径とする円軌道における公転速度以外にあり得ないことが計算によってわかる。以上のことから、公転周期はその軌道長半径が同じならばその軌道離心率に関係なく一定となるのである。
また、同じ理由から公転速度の2乗と動径の逆数の差(全エネルギーと関係する)はその軌道長半径に反比例し、軌道長半径が同じならばその軌道離心率に関係なく等しいことがわかる。したがって、このことから公転速度の2乗と動径の逆数の差はその中心天体の質量に比例し、軌道長半径に反比例(または「公転周期の法則」から軌道長半径の2乗に比例し、公転周期の-2乗に比例)するが、その軌道離心率とは関係ないという法則が導かれるのである。
なお、e=sin θとなるθの値を「離心角」と呼ぶ。この「離心角」はu=90゜(またはu=270゜)のときの天体が運動する方向の動径に対して垂直な方向とのずれを表す角度(u=90゜またはu=270゜のときにそのずれは最大となる)である。また、この「離心角」を使うと、軌道楕円の短軸の長さの長軸の長さに対する比はcos θ(=√(1-e^2))で求めることができる。
なお、放物線軌道の場合にはa=∞、e=1であると考えればよく、この場合には近点離角は楕円軌道の場合においてa→∞、e→1とした極限操作で求めれるのである。なお、放物線軌道の場合には軌道長半径、軌道離心率の代わりに近点距離(q)を用いることが多い。