一般化が必要な「ケプラーの法則」

 「ケプラーの法則」は世間にもわりとよく知られている法則である。しかし、実はこの「ケプラーの法則」はそれが有名な法則であるわりにはそれが生ずる理由や他の物理法則(主に保存則)との関連については世間では意外に知られていないのである。

 ところで、この 「ケプラーの法則」を見るとまずその文中に「惑星」や「太陽」という語が用いられていることに気付くであろう。しかし、後で述べるとおり「ケプラーの法則」は「万有重力の法則」を裏付けている法則なのである。そして、この「万有重力の法則」はその名のとおり物質界のすべての物体の間で働く力なのである。したがって、「ケプラーの法則」は太陽のまわりを回っている惑星のみならず一般に他の物体の引力(このような性質の力を「中心力」と呼ぶ。なお、厳密に言うと「中心力」は斥力である場合もある)を受けて運動する物体すべてについてあてはまる法則なのである。

 例をあげると、月や木星、土星の衛星の公転運動、さらには(多少修正が必要となるが)連星の公転運動についても「ケプラーの法則」(もちろん原文のままの形ではなく本書で修正、補足した形のもの)は成り立っている。

 したがって、「ケプラーの法則」の記述に「惑星」や「太陽」という語を用いるのは明らかに間違っている。したがって、この法則における「惑星」、「太陽」という語をそれぞれ「公転天体」、「中心天体」という語に変える必要がある。なお、「天体」という語は「もともと『万有引力』によって運動している物体」と定義されているので「天体」をもっと一般化して「物体」いう表現を用いる必要はないのである。

 ところで、学校教育では「ケプラーの法則」は3つの法則(「2次曲線軌道の法則」(通常「楕円軌道の法則」と呼ばれているが後で述べるとおり天体の公転軌道は双曲線になることもあるのでこの呼称は明らかに誤りである)、「面積速度一定の法則」、「公転周期の法則」)から成っていると教えられている。なお、これらの法則はそれぞれ「ケプラーの第一法則」、「同第二法則」、「同第三法則」とも呼ばれているがもちろん本書の読者には絶対にこれらの呼称は使わないでもらいたい。さらに言うと、この法則に限らず法則名に番号(「…第*法則」のこと)を使うことは極力避けねばならないのである。

 しかし、後述のとおりこの「ケプラーの法則」には追加、補足せねばならぬところがたくさん存在するのである。この理由は、17世紀の初頭にケプラーがこの法則を発見したときにはまだ物理学ができておらず、後に「ケプラーの法則」自体がニュートン力学の立場から説明されたからである。この方法を用いると、ケプラーが発見した法則以外にも万有重力による物体の運動に関する法則を導くことが可能である(したがって、後で詳しく述べるとおり本当はこの「ケプラーの法則」は3つではなく4つの独立した法則からなる法則群である。)。これから「ケプラーの法則」において追加、補足せねばならぬところについて詳しく説明する。

 ところで、この「ケプラーの法則」のメンバーである「公転周期の法則」はその他のメンバーとは異なり複数の天体の公転運動の間に成り立つ関係を示す法則である。つまり、「2次曲線軌道の法則」や「面積速度一定の法則」は個々の天体の運動のしかたを示す法則であるのに対して、「公転周期の法則」は複数の天体の運動を比較しあう法則である。したがって、この「公転周期の法則」はその他の法則とは別の学者によって発見されたとしても決しておかしくないのである。

 実際、後で述べるとおりガリレイによって発見された「振り子の等時性」はこの「公転周期の法則」の加速度が距離に比例するケースにおけるバージョンである。しかも、木星の4大衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)を発見したのもまたガリレイであり、したがって実をいうとあともう少しのところでこの「公転周期の法則」は惑星ではなく木星の衛星の公転運動からケプラーではなくガリレイによって発見される運命にあったのである。

「公転周期の法則」に追加すべき独立変数

 しかも、ケプラーが「ケプラーの法則」の他のメンバーよりも後になって発見した「公転周期の法則」は、実はその他の2つの法則よりもはるかに簡単に説明できる法則である。なぜなら、この法則はその他のメンバーとは異なりその軌道が円であるケースのみを考えても充分に説明が可能だからである。

 ところで、この「ケプラーの法則」のうちの法則の一つ、「公転周期の法則」(別名「ケプラーの第三法則」、「調和の法則」とも呼ぶが「公転周期の法則」のほうがずっと適切な名称である)は「公転周期の2乗は軌道長半径の3乗に比例する」なる記述になっているが、この文章を読むと2つの独立変数が抜けていることに気付くであろう。

 これらの2つの抜けている独立変数とは、言うまでもなく「中心天体の質量」と「公転軌道の離心率」である。このうち「中心天体の質量」は「ケプラーの法則」自体が「すべての物体は他のすべての物体に対し、その質量に比例し、その物体からの距離の2乗に反比例する加速度を及ぼす」という「万有重力の法則」(もっと正確に言えばその他方の物体の質量を無視した簡略版)の適用例である以上必要不可欠なはずのものである。

 しかも、この「公転周期の法則」をよく見ると(f(x)=g(y))なる形で表されている。このように従属変数がどちらなのか分からない表現形式の関数のことを「陰関数」と呼ぶ。(それに対して、従属変数がはっきりしている表現形式の関数を「陽関数」と呼ぶ。)しかし軌道長半径からその天体の公転周期を求めたいケースのほうがその逆のケースよりもはるかに多いので、「公転周期の法則」は「軌道長半径」を独立変数、「公転周期」を従属変数にした表現形式(陽関数表現)のほうが原文(陰関数表現)の形式よりもはるかに分かりやすい。

 つまり、後で詳しく説明するとおり「公転周期は軌道長半径((近点距離+遠点距離)/2)の3/2乗に比例する」ということは「万有重力による加速度は中心物体からの距離の-2乗に比例する」(本文では関数の表現には分数や根号を用いず、数学的な表現形式である負数や分数の指数に統一する)ということとまったく同じ意味となる。すなわち、円運動を生じさせるためにはその円の半径、回転周期の-2乗にそれぞれ比例する(「角速度の2乗に比例する」という表現をしていることが多いが、角速度は周期に反比例するのでこの2つの表現形式はまったく同じ意味である)向心加速度が必要なのである。この事実は、加速度がLT^-2(Lは長さ、Tは時間)という次元をもっていることからもすぐにわかる。すなわち、言うまでもないことだが半径は「長さ」、周期は「時間」の一種である。したがって加速度は半径、周期の-2乗にそれぞれ比例すると予想でき、実際その通りになっているのである。

 ところで、上記の式において回転周期が回転円(実際には天体の公転軌道は楕円であるのだが、説明しやすくするためにここでは公転軌道は円であると考える)の半径と独立ではなく、その半径の3/2乗に比例すると仮定すればこの回転運動に必要な向心加速度は回転円の半径の-2乗に比例すると考えられる。ニュートンはこのような方法を用いて万有重力は距離の-2乗に比例することを導き、「万有重力の法則」(この法則については「力学の法則」のところでも詳しく述べる)なる法則を発見したのであった。なお、このように比例式の両辺の次元は必ず一致するという定理を用いて、複数の物理量の次元からそれらの物理量の間の関係式を導く方法を「次元解析」と呼ぶ。

 ところで、この「次元解析」なる方法を用いると公転円の半径が等しい場合には向心加速度は回転周期の-2乗に比例する必要があり、したがって回転周期は向心加速度の-1/2乗に比例することがわかる。したがって、一般化された「公転周期の法則」は「公転周期の2乗は軌道長半径の3乗に比例し、中心天体の質量に反比例する」(なお、軌道離心率と公転周期との関係については後で詳しく述べる。)なる表現となるのである。したがって、公転周期Tは軌道長半径をa、中心天体の質量をM、万有重力定数をGとするとT=2π(GM)^(-1/2)*a^(3/2)なる式(比例定数に2πなる係数がかかっていることに注意せよ)で表される。

 この例として木星の4大衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)および土星の衛星(チタン)の軌道長半径と公転周期との関係を次に示す。ここで、木星質量の太陽質量に対する比は0.0009545、土星のそれは0.0002857であり、軌道長半径の単位として天文単位(地球の軌道長半径を基準とした長さの単位、通常「AU」と略す。1AU=149.6Gmである。)、公転周期の単位として年を用いるとa^3/T^2の値(地球は1.0000となる)が各中心天体の質量の太陽質量に対する比とほぼ一致することがわかる。

  軌道長半径(Mm) AUに換算(1AU=149600Mm) 公転周期(日) 年に換算(1年=365.25日) a^3/T^2
イオ 421.6 0.002818 1.769 0.004843 0.0009541
エウロパ 670.9 0.004485 3.551 0.009722 0.0009545
ガニメデ 1070 0.007152 7.155 0.01959 0.0009533
カリスト 1883 0.012587 16.689 0.04569 0.0009553
チタン 1222 0.008168 15.945 0.04366 0.0002860

「振り子の等時性」は「公転周期の法則」の単振動版

 ゴムやばねなどの弾性体には、それが伸び縮みする長さが加えられた力に比例するという特徴がある。これを逆にいうと、「力」が「変位」(間違っても「変位」を「距離」と言ってはいけない。なぜなら、「距離(スカラー)」とは「変位(ベクトル)」の大きさのことであるからである)に比例するということになる。また、振り子もその振幅が充分小さいときにはそれを原点へ戻そうとする「力」がその「変位」に比例するのである。

 このように、「変位」に比例する「力」によって起きる運動にはその周期が振幅の大小とは関係なく一定であるという特徴がある。これが、振り子の場合には「振り子の等時性」として世間にもよく知られている。そして、当然のことながら振り子について当てはまることは「変位」に比例する「力」による運動全般についてもあてはまるのである。たとえば、建物などには特定の周期の振動を加えたときにその振幅が非常に大きくなるという性質がある。この現象を「共振」と呼び、この「共振」なる現象は地震などのときに度々起こっている。そして、この「共振」を起こす振動の振動数を「固有振動数」と呼び、この「固有振動数」は「弾性定数」(弾性体は伸び縮みの長さに比例した加速度や力を生じさせるが、その比例定数をいう。なお、ばねの場合には「ばね定数」と呼ぶ)によって決まる。

 ところで、この「振り子の等時性」は実は「ケプラーの法則」のうちの一つ、「公転周期の法則」の単振動版なのである。すなわち、「周期が振幅とは関係なく一定である」というのを数学的に表現すると「周期は振幅の0乗に比例する」という表現となる。そして、「力は変位に比例する」の意味はもちろん「力は変位の1乗に比例する」と同じである。したがって、「中心力が距離のn乗に比例するならば、それによって生ずる振動、回転などの周期は軌道の長さの-(n-1)/2乗に比例する」ことが予想され、後で述べるとおり実際その通りになっている。

 また、振動周期は弾性定数の-1/2乗(振動数はその逆数)に比例するが、もちろんこのことはケプラー運動において公転周期が中心天体の質量の-1/2乗に比例するのとまったく同じ理由である。つまり、加速度はLT^-2なる次元をもっているので振動周期の-2乗、振幅にそれぞれ比例するのがその理由である。また、加速度が中心からの変位に比例するとき、その比例定数をkとするとその振動周期はT=2πk^(-1/2)で表される。たとえば、振り子の場合はその比例定数はg/l(gは重力加速度、lは振り子の長さ)で表されるので、その振動周期は2πg^(-1/2)l^(1/2)となる。これが有名な「振り子の周期はその長さの平方根に比例する」という法則である。このときω=k^(1/2)=2π/Tなる物理量を考えて、これを角振動数と呼ぶ。なお、後で述べるとおり実際には振動数よりもむしろこの角振動数のほうが頻繁に使われている。

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